古典ライブラリー

古今和歌集 序

真名序(二)

人麿・赤人をたたえ、近代の六人の歌人を評する。醍醐天皇の勅命で撰者四人が歌を集め、古今和歌集が成ったことを述べる。

選び集めた歌の草稿を整え、宮中へ差し出す撰者たち。真名序に記された勅命と、二十巻の歌集として後世へ伝える仕事をもとにした情景。
選び集めた歌の草稿を整え、宮中へ差し出す撰者たち。真名序に記された勅命と、二十巻の歌集として後世へ伝える仕事をもとにした情景。
  1. 1然しか然しかしかれどもれどもれども猶な猶ななほほお先師せんし先師せんしせんし柿本大夫かきのもとのたいふ柿本大夫かきのもとのたいふかきのもとのたいふといふといふという者もの者ものもの有あ有あありりり。。。高たか高たかたかくくく神妙しんめう神妙しんめうしんみょうののの思おもひ思おもひおもいををを振ふる振ふるふるひひい、、、古今ここん古今ここんここんののの間あひだ間あひだあいだににに獨步どくほ獨步どくほどっぽすすす。。。山邊赤人やまべのあかひと山邊赤人やまべのあかひとやまべのあかひとといふといふという者もの者ものもの有あ有あありりり。。。竝なら竝ならならびにびにびに倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうたののの仙せん仙せんせんなりなりなり。。。其そ其そそののの餘ほか餘ほかほか、、、倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうたををを業わざ業わざわざとするとするとする者もの者ものもの、、、綿々めんめん綿々めんめんめんめんとしてとしてとして絕た絕たたえずえずえず。。。然猶有先師柿本大夫者。高振神妙之思獨步古今之間。有山邊赤人者。竝倭歌仙也。其餘業倭歌者綿々不絕。
  2. 2彼か彼かかののの時澆漓ときげうり時澆漓ときげうりときぎょうりににに變へん變へんへんじじじ、、、人奢淫ひとしやいん人奢淫ひとしやいんひとしゃいんををを貴たふと貴たふととうとぶにぶにぶに及およ及およおよびてびてびて、、、浮詞ふし浮詞ふしふし雲くも雲くもくものごとくのごとくのごとく興おこ興おこおこりりり、、、艶流えんりう艶流えんりうえんりゅう泉いづみ泉いづみいずみのごとくのごとくのごとく涌わ涌わわくくく。。。其そ其そそののの實皆みみな實皆みみなみみな落お落おおちてちてちて、、、其そ其そそののの花はな花はなはな孤ひと孤ひとひとりりり榮さか榮さかさかゆゆゆ。。。好色かうしよく好色かうしよくこうしょくののの家いへ家いへいえにににははは此これ此これこれををを以もつ以もつもっててて花鳥くわてう花鳥くわてうかちょうののの使つかひ使つかひつかいととと爲な爲ななししし、、、乞食こつじき乞食こつじきこつじきののの客かく客かくかくははは此これ此これこれををを以もつ以もつもっててて活計くわつけい活計くわつけいかっけいののの媒なかだち媒なかだちなかだちととと爲な爲ななすことすことすこと有あ有ああるにるにるに至いた至いたいたるるる。。。故ゆゑ故ゆゑゆえににに半なか半なかなかばばばははは婦人ふじん婦人ふじんふじんののの右みぎ右みぎみぎととと爲な爲ななりてりてりて、、、丈夫ぢやうぶ丈夫ぢやうぶじょうぶののの前まへ前まへまえににに進すす進すすすすめめめ難かた難かたかたししし。。。及彼時變澆漓人貴奢淫。浮詞雲興艶流泉涌。其實皆落其花孤榮。至有好色之家以此爲花鳥之使。乞食之客以此爲活計之媒。故半爲婦人之右。難進丈夫之前。
  3. 3近代きんだい近代きんだいきんだい、、、古風こふう古風こふうこふうををを存ぞん存ぞんぞんするするする者もの者ものもの、、、纔わづ纔わづわずかにかにかに二三人にさんにん二三人にさんにんにさんにんのみのみのみ。。。然しか然しかしかれどもれどもれども長短ちやうたん長短ちやうたんちょうたん同おな同おなおなじからずじからずじからず、、、論ろん論ろんろんじてじてじて以もつ以もつもっててて辨わきま辨わきまわきまふべしふべしうべし。。。近代存古風者纔二三人而已。然長短不同論以可辨。
  4. 4花山僧正くわさんのそうじやう花山僧正くわさんのそうじやうかざんのそうじょうははは尤もつと尤もつともっとももも歌うた歌うたうたののの體てい體ていていををを得え得ええたりたりたり。。。然しか然しかしかれどもれどもれども其そ其そそののの詞ことば詞ことばことば花はな花はなはなにしてにしてにして實じつ實じつじつ少すくな少すくなすくなししし。。。圖畫とぐわ圖畫とぐわとがののの好女かうぢよ好女かうぢよこうじょののの徒いたづら徒いたづらいたずらににに人ひと人ひとひとののの情じやう情じやうじょうををを動うご動うごうごかすがかすがかすが如ごと如ごとごとししし。。。花山僧正尤得歌體。然其詞花而少實。如圖畫好女徒動人情。
  5. 5在原中將ありはらのちゆうじやう在原中將ありはらのちゆうじやうありわらのちゅうじょうののの歌うた歌うたうたははは、、、其そ其そそののの情じやう情じやうじょう餘あま餘あまあまりりり有あ有あありてりてりて、、、其そ其そそののの詞ことば詞ことばことば足た足たたらずらずらず。。。萎しぼ萎しぼしぼめるめるめる花はな花はなはなののの彩色さいしき彩色さいしきさいしき少すくな少すくなすくなしとしとしと雖いへど雖いへどいえどももも、、、薰香くんかう薰香くんかうくんこう有あ有ああるがるがるが如ごと如ごとごとししし。。。在原中將之歌。其情有餘其詞不足。如萎花雖少彩色而有薰香。
  6. 6文琳ぶんりん文琳ぶんりんぶんりんははは巧たく巧たくたくみにみにみに物もの物ものものををを詠えい詠えいえいずずず。。。然しか然しかしかれどもれどもれども其そ其そそののの體てい體ていてい俗ぞく俗ぞくぞくににに近ちか近ちかちかししし。。。賈人こじん賈人こじんこじんののの鮮あざや鮮あざやあざやかなるかなるかなる衣きぬ衣きぬきぬををを著き著ききたるがたるがたるが如ごと如ごとごとししし。。。文琳巧詠物然其體近俗。如賈人之著鮮衣。
  7. 7宇治山うぢやま宇治山うぢやまうじやまののの僧そう僧そうそう喜撰きせん喜撰きせんきせんははは、、、其そ其そそののの詞ことば詞ことばことば華麗くわれい華麗くわれいかれいにしてにしてにして、、、首尾しゆび首尾しゆびしゅび停滯ていたい停滯ていたいていたいすすす。。。秋あき秋あきあきののの月つき月つきつきををを望のぞ望のぞのぞむにむにむに曉あかつき曉あかつきあかつきののの雲くも雲くもくもににに遇あ遇ああへるがへるがえるが如ごと如ごとごとししし。。。宇治山僧喜撰。其詞華麗而首尾停滯。如望秋月遇曉雲。
  8. 8小野小町をののこまち小野小町をののこまちおののこまちののの歌うた歌うたうたははは、、、古いにしへ古いにしへいにしえののの衣通姬そとほりひめ衣通姬そとほりひめそとおりひめののの流ながれ流ながれながれなりなりなり。。。然しか然しかしかれどもれどもれども艶えん艶えんえんにしてにしてにして氣力きりよく氣力きりよくきりょく無な無ななししし。。。病や病ややめるめるめる婦をんな婦をんなおんなののの花粉くわふん花粉くわふんかふんををを著つ著つつけたるがけたるがけたるが如ごと如ごとごとししし。。。小野小町之歌。古衣通姬之流也。然艶而無氣力。如病婦之著花粉。
  9. 9大友黑主おほとものくろぬし大友黑主おほとものくろぬしおおとものくろぬしののの歌うた歌うたうたははは、、、古いにしへ古いにしへいにしえののの猿丸大夫さるまるたいふ猿丸大夫さるまるたいふさるまるたいふののの姿すがた姿すがたすがたなりなりなり。。。頗すこぶ頗すこぶすこぶるるる逸興いつきよう逸興いつきよういっきょう有あ有あありてりてりて、、、體てい體ていてい甚はなは甚はなははなはだだだ鄙いや鄙いやいやししし。。。田夫でんぷ田夫でんぷでんぷののの花はな花はなはなののの前まへ前まへまえににに息やす息やすやすめるがめるがめるが如ごと如ごとごとししし。。。大友黑主之歌。古猿丸大夫之姿也。頗有逸興而體甚鄙。如田夫之息花前也。
  10. 10此こ此ここののの外ほか外ほかほか、、、氏姓しせい氏姓しせいしせい流なが流ながながれれれ聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる者もの者ものもの、、、勝あ勝ああげてげてげて計かぞ計かぞかぞふべからずふべからずうべからず。。。其そ其そそののの大底たいてい大底たいていたいていははは皆みな皆みなみな艶えん艶えんえんををを以もつ以もつもっててて基もとゐ基もとゐもといととと爲な爲ななししし、、、歌うた歌うたうたののの趣おもむき趣おもむきおもむきををを知し知ししらざるらざるらざる者もの者ものものなりなりなり。。。此外氏姓流聞者不可勝計。其大底皆以艶爲基。不知歌之趣者也。
  11. 11俗人ぞくじん俗人ぞくじんぞくじん爭あらそ爭あらそあらそひてひていて榮利えいり榮利えいりえいりををを事こと事ことこととしとしとし、、、倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうたををを詠えい詠えいえいずることずることずることををを用もち用もちもちゐずゐずいず。。。悲かな悲かなかなしきかなしきかなしきかな、、、悲かな悲かなかなしきかなしきかなしきかな。。。貴たふと貴たふととうときこときこときこと相將しやうしやう相將しやうしやうしょうしょうををを兼か兼かかねねね、、、富と富ととめることめることめること金錢きんせん金錢きんせんきんせんににに餘あま餘あまあまるとるとると雖いへど雖いへどいえどももも、、、骨ほね骨ほねほね未いま未いまいまだだだ土中どちゆう土中どちゆうどちゅうににに腐く腐くくちざるにちざるにちざるに、、、名な名なな先ま先ままづづず世上せじやう世上せじやうせじょうににに滅き滅ききえぬえぬえぬ。。。適たまたま適たまたまたまたま後世こうせい後世こうせいこうせいににに知し知ししらるるらるるらるる者もの者ものものははは、、、唯ただ唯ただただ倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうたののの人ひと人ひとひとのみのみのみ。。。何なん何なんなんとなればとなればとなれば、、、語ご語ごご人ひと人ひとひとののの耳みみ耳みみみみににに近ちか近ちかちかくくく、、、義ぎ義ぎぎ神明しんめい神明しんめいしんめいににに慣な慣ななればなりればなりればなり。。。俗人爭事榮利不用詠倭歌。悲哉悲哉。雖貴兼相將富餘金錢。而骨未腐於土中名先滅於世上。適爲後世被知者唯倭歌之人而已。何者語近人耳義慣神明也。
  12. 12昔むかし昔むかしむかし、、、平城天子へいぜいてんし平城天子へいぜいてんしへいぜいてんし、、、侍臣じしん侍臣じしんじしんににに詔みことのり詔みことのりみことのりしてしてして萬葉集まんえふしふ萬葉集まんえふしふまんようしゅうををを撰えら撰えらえらばしむばしむばしむ。。。爾これ爾これこれよりよりより以來このかた以來このかたこのかた、、、時とき時ときときははは十代じふだい十代じふだいじゅうだいををを歷へ歷へへ、、、數かず數かずかずははは百年ももとせ百年ももとせももとせををを過す過すすぐぐぐ。。。其そ其そそののの後のち後のちのち、、、倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうた棄す棄すすてててててて採用さいよう採用さいようさいようせられずせられずせられず。。。風流ふうりう風流ふうりうふうりゅう野宰相やさいしやう野宰相やさいしやうやさいしょうののの如ごと如ごとごとくくく、、、雅情がじやう雅情がじやうがじょう在納言ざいなごん在納言ざいなごんざいなごんののの如ごと如ごとごとしとしとしと雖いへど雖いへどいえどももも、、、皆みな皆みなみな他た他たたののの才さい才さいさいををを以もつ以もつもっててて聞きこ聞きこきこえてえてえて、、、斯こ斯ここののの道みち道みちみちををを以もつ以もつもっててて顯あらは顯あらはあらわれずれずれず。。。昔平城天子詔侍臣令撰萬葉集。自爾以來時歷十代。數過百年。其後倭歌棄不被採用。雖風流如野宰相雅情如在納言。而皆以他才聞。不以斯道顯。
  13. 13伏ふ伏ふふしてしてして惟おもん惟おもんおもんみるにみるにみるに、、、陛下へいか陛下へいかへいかののの御宇ぎよう御宇ぎようぎよう今いま今いまいまににに九載きうさい九載きうさいきゅうさい。。。仁じん仁じんじんははは秋津洲あきつしま秋津洲あきつしまあきつしまののの外ほか外ほかほかににに流なが流ながながれれれ、、、惠めぐみ惠めぐみめぐみははは筑波山つくばやま筑波山つくばやまつくばやまののの陰かげ陰かげかげよりもよりもよりも茂しげ茂しげしげししし。。。淵ふち淵ふちふち變へん變へんへんじてじてじて瀨せ瀨せせととと爲な爲ななるのるのるの聲こゑ聲こゑこえ、、、寂々せきせき寂々せきせきせきせきとしてとしてとして口くち口くちくちををを閉と閉ととぢぢじ、、、砂いさご砂いさごいさご長ちやう長ちやうちょうじてじてじて巖いはほ巖いはほいわおととと爲な爲ななるのるのるの頌しよう頌しようしょう、、、洋々やうやう洋々やうやうようようとしてとしてとして耳みみ耳みみみみににに滿み滿みみつつつ。。。既すで既すですでににに絕た絕たたえたるえたるえたる風ふう風ふうふうををを繼つ繼つつがむことがむことがむことををを思おも思おもおもひひい、、、久ひさ久ひさひさしくしくしく廢すた廢すたすたれたるれたるれたる道みち道みちみちををを興おこ興おこおこさむとさむとさむと欲ほつ欲ほつほつすすす。。。伏惟陛下御宇于今九載。仁流秋津洲之外。惠茂筑波山之陰。淵變爲瀨之聲寂々閉口。砂長爲巖之頌洋々滿耳。思繼既絕之風。欲興久廢之道。
  14. 14爰ここ爰ここここににに大内記だいないき大内記だいないきだいないき紀友則きのとものり紀友則きのとものりきのとものり・・・御書所預ごしよどころのあづかり御書所預ごしよどころのあづかりごしょどころのあずかり紀貫之きのつらゆき紀貫之きのつらゆききのつらゆき・・・前甲斐さきのかひ前甲斐さきのかひさきのかい少目せうさくわん少目せうさくわんしょうさかん凡河内躬恒おほしかふちのみつね凡河内躬恒おほしかふちのみつねおおしこうちのみつね・・・右衞門府生うゑもんのふしやう右衞門府生うゑもんのふしやううえもんのふしょう壬生忠岑みぶのただみね壬生忠岑みぶのただみねみぶのただみね等ら等ららににに詔みことのり詔みことのりみことのりしてしてして、、、各おのおの各おのおのおのおの家集かしふ家集かしふかしゅう幷なら幷ならならびにびにびに古來こらい古來こらいこらいののの舊歌きうか舊歌きうかきゅうかををを獻たてまつ獻たてまつたてまつらしめらしめらしめ、、、續萬葉集しよくまんえふしふ續萬葉集しよくまんえふしふしょくまんようしゅうととと曰い曰いいふふう。。。是ここ是ここここににに於おい於おいおいててて重かさ重かさかさねてねてねて詔みことのり詔みことのりみことのり有あ有あありてりてりて、、、奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる所ところ所ところところののの歌うた歌うたうたををを部類ぶるゐ部類ぶるゐぶるいしてしてして、、、勒ろく勒ろくろくしてしてして二十卷にじふくわん二十卷にじふくわんにじっかんととと爲な爲ななししし、、、名な名ななづけてづけてずけて古今倭歌集こきんわかしふ古今倭歌集こきんわかしふこきんわかしゅうととと曰い曰いいふふう。。。爰詔大内記紀友則御書所預紀貫之前甲斐少目凡河内躬恒右衞門府生壬生忠岑等。各獻家集幷古來舊歌曰續萬葉集。於是重有詔部類所奉之歌勒爲二十卷。名曰古今倭歌集。
  15. 15臣等しんら臣等しんらしんら、、、詞ことば詞ことばことばははは春花しゆんくわ春花しゆんくわしゅんかののの艶えん艶えんえん少すく少すくすくなくなくなく、、、名な名ななははは秋夜しうや秋夜しうやしゅうやののの長なが長ながながきききををを竊ぬす竊ぬすぬすむむむ。。。況いは況いはいわむやむやんや進すす進すすすすみてみてみてははは時俗じぞく時俗じぞくじぞくののの嘲あざけり嘲あざけりあざけりををを恐おそ恐おそおそれれれ、、、退しりぞ退しりぞしりぞきてきてきてははは才藝さいげい才藝さいげいさいげいののの拙つたな拙つたなつたなきききををを慙は慙ははづづず。。。適たまたま適たまたまたまたま倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうたののの中興ちゆうこう中興ちゆうこうちゅうこうににに遇あ遇ああひてひていて、、、以もつ以もつもっててて吾わ吾わわががが道みち道みちみちののの再ふたた再ふたたふたたびびび昌さか昌さかさかんなるんなるんなるををを樂たの樂たのたのしむしむしむ。。。嗟呼ああ嗟呼ああああ、、、人麿ひとまろ人麿ひとまろひとまろ既すで既すですでににに歿ぼつ歿ぼつぼつしたれどもしたれどもしたれども、、、倭歌やまとうた倭歌やまとうたやまとうた斯ここ斯ここここににに在あ在ああらずやらずやらずや。。。臣等詞少春花之艶。名竊秋夜之長。況乎進恐時俗之嘲。退慙才藝之拙。適遇倭歌之中興。以樂吾道之再昌。嗟呼人麿既歿。倭歌不在斯哉。
  16. 16時とき時ときときににに延喜えんぎ延喜えんぎえんぎ五年ごねん五年ごねんごねん歲次さいじ歲次さいじさいじ乙丑いつちう乙丑いつちういっちゅう四月しぐわつ四月しぐわつしがつ十八日じふはちにち十八日じふはちにちじゅうはちにち、、、臣しん臣しんしん貫之つらゆき貫之つらゆきつらゆき等ら等らら謹つつし謹つつしつつしみてみてみて序じよ序じよじょすすす。。。于時延喜五年歲次乙丑四月十八日。臣貫之等謹序。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

それでもなお、先師の柿本大夫(人麿)という人がいた。神のようにすぐれた詩想を高く振るい、古今の間にただ一人抜きん出ていた。山部赤人という人がいた。ともに和歌の仙である。そのほか和歌を専らとする者は、綿々と絶えなかった。

やがて時代が軽薄になり、人々が奢りと淫らさを尊ぶようになると、浮ついた言葉が雲のようにわき起こり、艶っぽい流れが泉のようにわき出た。その実はみな落ちて、その花だけがひとり栄えている。好色の家ではこれを恋の使いとし、生活に困った者はこれを暮らしの手段とするに至った。それゆえ歌は半ば婦人の慰みものとなり、立派な男子の前には出しにくいものとなった。

近代で古風を保っている者は、わずかに二、三人だけである。しかし長所と短所は同じではないので、論じて見分けるべきである。

花山僧正(遍昭)はもっとも歌の体を得ている。しかしその言葉は華やかで実が少ない。絵にかいた美女がむなしく人の心を動かすようなものである。

在原中将(業平)の歌は、その情は余りあって、その言葉は足りない。しぼんだ花が色つやは乏しいけれども、よい香りがあるようなものである。

文琳(文屋康秀)は巧みに物を詠むが、その歌体は俗に近い。商人が鮮やかな衣を着ているようなものである。

宇治山の僧喜撰は、その言葉は華麗だが、首尾がとどこおっている。秋の月を望むと、暁の雲にさえぎられるようなものである。

小野小町の歌は、昔の衣通姫の流れである。しかし艶っぽくて気力がない。病んだ女が化粧をしているようなものである。

大友黒主の歌は、昔の猿丸大夫の姿である。たいへん趣があるが、歌体はひどく卑しい。農夫が花の前で休んでいるようなものである。

このほか、家柄や名の知られた者は数えきれない。そのおおかたはみな艶を基本として、歌の本当の趣を知らない者である。

世俗の人は争って栄達や利益を求め、和歌を詠むことを用いない。悲しいことだ、悲しいことだ。身分は大臣・大将を兼ね、富は金銭に余るほどであっても、骨がまだ土の中で朽ちないうちに、名は先に世から消えてしまう。たまたま後世に知られる者は、ただ和歌の人だけである。なぜなら、その言葉は人の耳に近く、その意味は神明に通じるからである。

昔、平城天子は近臣に命じて万葉集を撰ばせた。それ以来、時は十代を経て、年数は百年を過ぎた。その後、和歌は捨てられて採り上げられなかった。風流は小野篁(野宰相)のよう、雅情は在原行平(在納言)のような人であっても、みな他の才能で知られて、この道で名を顕さなかった。

謹んで思いますに、陛下がこの国を治められて今九年。仁は秋津洲(日本)の外にまで流れ、恵みは筑波山の陰よりも茂っています。淵が変わって瀬となるような世の移ろいを嘆く声はひっそりと口を閉じ、砂が成長して巌となるような永遠をたたえる声が広々と耳に満ちています。陛下は既に絶えた風を継ごうと思い、長く廃れた道を興そうとお望みになりました。

そこで大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑らに命じて、それぞれの家集と古来の古い歌を献上させ、「続万葉集」と名づけました。そこで重ねて勅命があり、献上した歌を部類に分けて、まとめて二十巻とし、名づけて「古今和歌集」といいます。

臣らは、言葉は春の花のような艶やかさに乏しく、名ばかりは秋の夜のように長いものを盗んでいます。まして進んでは世俗の嘲りを恐れ、退いては才能の拙さを恥じます。たまたま和歌の中興の時に出会い、わが道が再び盛んになるのを楽しんでいます。ああ、人麿は既に亡くなったけれども、和歌はここにあるではないか。

時に延喜五年、歳は乙丑の年の四月十八日、臣貫之らが謹んで序を書く。

意訳

真名序の後半は、仮名序とほぼ同じ構成で、人麿と赤人を仰ぎ、和歌が恋の道具に落ちた現状を嘆き、近代の六人を比喩を用いて評する。続いて、出世や富よりも和歌によってこそ名が後世に残るという主張を述べ、醍醐天皇の勅命による撰集の経緯を記して、撰者の謙遜と和歌復興の喜びで結ぶ。「人麿既に歿したれども、倭歌斯に在らずや」は、『論語』の孔子の言葉「文王既に没す、文茲に在らずや」をふまえた結びである。

語釈・文法注

柿本大夫
柿本人麻呂。大夫は五位の人をいう。
澆漓
人情が薄くなること。
花鳥之使
恋の仲立ち。
花山僧正
僧正遍昭。花山(元慶寺)を開いた。
在原中將
在原業平。右近衛権中将であった。
文琳
文屋康秀の中国風の呼び名。
猿丸大夫
伝説的な歌人。百人一首5番の作者とされる。
野宰相・在納言
参議小野篁と中納言在原行平。
臣貫之等謹序
底本どおり。通行本では作者を紀淑望とする。
倭歌不在斯哉
『論語』子罕篇の「文王既没、文不在茲乎」をふまえる。
訓み下し
底本は白文で刷るので、訓み下しは当サイトによる。

解説

六歌仙の評は仮名序とよく対応するが、比喩は少しずつ違う。たとえば小町を、仮名序は「よき女のなやめる所あるに似たり」とし、真名序は「病婦之著花粉(病んだ女が化粧をしている)」とする。

真名序は、撰集の名がはじめ「続万葉集」であったと伝えており、古今集の成立過程を知る手がかりとなっている。

関連

出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、真名序 2〜3頁(コマ7)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文は底本による。訓み下し・現代語訳・注は当サイト)
更新日