万葉集 巻第二十 4465〜4467番
ひさかたの 天の戸開き
天平勝宝8年6月17日、大伴家持が一族を戒めて詠んだ長歌と短歌二首。天孫降臨の昔から大伴氏の祖先は弓矢を携えて先頭に立ち、従わぬ者を平らげて神武天皇の橿原の宮に仕え、代々の天皇に赤心を尽くして仕えてきた、その清い名を軽々しく思って祖先の名を絶やすな、大伴の氏と名を負う丈夫たちよと詠む長歌と、大和の国に明らかな名を負う一族の者たちよ、心して勤めよという歌、剣太刀をいよいよ研ぐべきだ、昔から清く負い伝えてきた名だという歌。
題詞族に喩す歌一首并に短歌
- 1ひさかたひさかたひさかたののの天天あまののの戸戸と開開ひらききき比左加多能 安麻能刀比良伎長歌
- 2高千穗高千穗たかちほののの嶽嶽たけににに天降天降あもりりりししし多可知保乃 多氣爾阿毛理之
- 3皇祖皇祖すめろぎののの神神かみののの御代御代みよよりよりより須賣呂伎能 可未能御代欲利
- 4梔弓梔弓はじゆみををを手手た握握にぎりりり持持もたしたしたし波自由美乎 多爾藝利母多之
- 5眞鹿兒矢眞鹿兒矢まかごやををを手手た挾挾ばさみみみ添添そへへえててて麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖
- 6大久米大久米おおくめののの丈夫丈夫ますら武雄武雄たけおををを於保久米能 麻須良多祁乎乎
- 7先先さきににに立立たててて靫靫ゆき取取とりりり負負おおせせせ佐吉爾多弖 由伎登利於保世
- 8山河山河やまかわををを磐根磐根いわねさくみさくみさくみててて山河乎 伊波禰左久美弖
- 9履履ふみみみとほりとほりとおり國國くに覓覓まぎしししつつつつつつ布美等保利 久爾麻藝之都都
- 10ちはやぶるちはやぶるちはやぶる神神かみをををことむけことむけことむけ知波夜夫流 神乎許等牟氣
- 11服從服從まつろははわぬぬぬ人人ひとをををももも和和やわししし麻都呂倍奴 比等乎母夜波之
- 12掃掃はききき淸淸きよめめめ仕仕つかへへえ奉奉まつりりりててて波吉伎欲米 都可倍麻都里弖
- 13秋津島秋津島あきづしま大和大和やまとののの國國くにののの安吉豆之萬 夜萬登能久爾乃
- 14橿原橿原かしわらののの畝傍畝傍うねびののの宮宮みやににに可之婆良能 宇禰備乃宮爾
- 15宮柱宮柱みやばしら太太ふと知知しりりり立立たてててててて美也婆之良 布刀之利多弖氐
- 16天天あめののの下下した知知しらしめしらしめしらしめしけるけるける安米能之多 之良志賣之祁流
- 17皇祖皇祖すめろぎののの天天あまののの日嗣日嗣ひつぎととと須賣呂伎能 安麻能日繼等
- 18つぎつぎつぎててて來來くるるる君君きみののの御代御代みよ御代御代みよ都藝弖久流 伎美能御代御代
- 19隱隱かくさはぬさはぬさわぬ赤赤あかききき心心こころををを加久佐波奴 安加吉許己呂乎
- 20皇方皇方すめらえににに極極きわめめめ盡盡つくしししててて須賣良弊爾 伎波米都久之弖
- 21仕仕つかへへえ來來くるるる祖祖おやののの職職つかさととと都加倍久流 於夜能都可佐等
- 22言言こと立立だてててててて授授さずけけけ給給たまへへえるるる許等太弖氏 佐豆氣多麻敝流
- 23子孫子孫うみのこのののいやいやいや繼繼つぎぎぎ繼繼つぎぎぎににに宇美乃古能 伊也都藝都岐爾
- 24見見みるるる人人ひとののの語語かたりりりつぎつぎつぎてててててて美流比等乃 可多里都藝弖氐
- 25聞聞きくくく人人ひとののの鑒鑒かがみにににせせせむむんををを伎久比等能 可我見爾世武乎
- 26惜惜あたらしきしきしき淸淸きよきききそのそのその名名なぞぞぞ安多良之伎 吉用伎曾乃名曾
- 27凡凡おおろかろかろかににに心心こころ思思おもひひいててて於煩呂加爾 己許呂於母比弖
- 28虛言虛言むなことももも祖祖おやののの名名な斷斷たつつつななな牟奈許等母 於夜乃名多都奈
- 29大伴大伴おおともののの氏氏うじととと名名なににに負負おへへえるるる健男健男ますらおののの伴伴とも大伴乃 宇治等名爾於敝流 麻須良乎能等母
- 30磯城島磯城島しきしまののの之奇志麻乃短歌
- 31倭倭やまとののの國國くにににに夜末等能久爾々
- 32明明あきらけきらけきらけき安伎良氣伎
- 33名名なににに負負おふふう伴伴ともののの緒緒お名爾於布等毛能乎
- 34こころこころこころ勤勤つとめめめよよよ己許呂都刀米与
- 35劍刀劍刀つるぎたち都流藝多知短歌
- 36いよよいよよいよよ研研とぐぐぐべしべしべし伊與餘刀具倍之
- 37古古いにしえゆゆゆ伊爾之敝由
- 38淸淸さやけくけくけく負負おひひいててて佐夜氣久於比弖
- 39來來きにににしししそのそのその名名なぞぞぞ伎爾之曾乃名曾
現代語訳
〔4465〕(ひさかたの)天の戸を開いて、高千穂の嶽に天降られた皇祖の神の御代から、櫨の木の弓を手に握り持たれ、真鹿児矢を手挟み添えて、大久米の勇ましい武人たちを先に立て、靫を取って背負わせ、山や川を、岩を押し分けて踏み通り、国を求め歩いては、(ちはやぶる)荒ぶる神を服従させ、従わない人々をも和らげ、掃き清めてお仕え申し上げ、秋津島の大和の国の橿原の畝傍の宮に、宮柱を太く立てて天下をお治めになった皇祖の、天の日嗣として継いで来られる天皇の御代御代に、隠しだてのない赤き心を、天皇の御方に極め尽くしてお仕えしてきた祖先の職であると、言葉に出して授けてくださった、その子孫のいよいよ継ぎ継ぎに、見る人が語り継ぎ、聞く人が手本にするはずの、もったいないほど清らかなその名であるぞ。おろそかに心に思って、かりそめにも祖先の名を絶やすな。大伴の氏と名に負っている勇ましい男たちよ。
〔4466〕(磯城島の)大和の国に、明らかな名を負っている一族の者たちよ、心して勤めよ。
〔4467〕剣太刀をいよいよ研ぎ澄ますべきだ。昔から清らかに負い伝えてきたその名であるぞ。
意訳
同族の大伴古慈悲が讒言によって出雲守を解任された事件を受けて、家持が一族の長として、天孫降臨以来の大伴氏の武門の誉れを説き、軽はずみな行いで祖先の名を汚すなと戒めた歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 族
- 「うがら」。一族。
- 喩す
- 教え戒める。
- 天降りし
- 「あもりし」。天から降った。
- 梔弓
- 「はじゆみ」。櫨の木で作った弓。
- 眞鹿兒矢
- 「まかごや」。鹿を射る矢。
- 大久米の丈夫武雄
- 大久米命の率いる勇ましい武人たち。
- 磐根さくみて
- 岩を押し分けて。
- 國覓しつつ
- 「くにまぎしつつ」。住むべき国を求めて。
- ことむけ
- 服従させ。
- 隱さはぬ
- 隠しだてのない。
- 皇方
- 「すめらへ」。天皇の御方。
- 祖の職
- 「おやのつかさ」。祖先以来の職務。
- 惜しき
- 「あたらしき」。もったいないほど立派な。
- 凡ろかに
- 「おほろかに」。いいかげんに。
- 虛言も
- 「むなことも」。かりそめにも。
- 伴の緒
- 一族、また朝廷に仕える部の人々。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4465〜4467番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝8年6月、大伴古慈悲が淡海三船の讒言によって出雲守を解任された時、一族の長である家持が一族を戒めて詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「見る人の語りつぎてて」と「聞く人の鑑にせむを」など。
- 枕詞
- 「ひさかたの」「ちはやぶる」「磯城島の」。
解説
聖武太上天皇の崩御(5月)の直後で、藤原仲麻呂の勢力が強まる中、古慈悲は朝廷を誹謗したとして拘禁された。家持は一族に軽挙を戒め、古来の武門の名を守るよう説いた。巻十八の「陸奥国に金を出だす詔書を賀く歌」とともに、大伴氏の伝統を詠んだ代表的な長歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、744頁(コマ165)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、879頁(コマ203)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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