万葉集 巻第二十 4408〜4412番
大王の 任のまにまに
天平勝宝7年2月23日、兵部少輔大伴家持が防人の別れの悲しみを述べた長歌と反歌四首。大君の任命のままに防人として出で立つと、母は裳の裾をつまみ上げて頭を撫で、父は白い髭の上に涙を流して、たった一人の朝の門出のいとしいわが子よ、長い間逢わないと恋しかろう、今日だけでも語り合おうと別れを惜しみ、妻も子らもまわりを囲んで泣き濡れて引き止めたのに、大君の命で道に出て、丘の崎を回るたびに振り返りながら遠く別れて来た、この世の人の命は知れないので、親は無事でいてください妻は待っていてくださいと住吉の神に祈って、難波から朝早く船出したと家に告げてほしいと詠む長歌と、家人が身を慎んで祈っているからか無事に船出したと親に申してくれという歌など反歌四首。
題詞防人の悲別の情を陳ぶる歌一首并に短歌
- 1大王大王おおきみののの任任まけのののまにまにまにまにまにまに大王乃 麻氣乃麻爾麻爾長歌
- 2島島さき守守もりににに我我わががが立立たちちち來來くれれればばば島守爾 和我多知久禮婆
- 3柞葉柞葉ははそばののの母母ははののの命命みことははは波波蘇婆能 波波能美許等波
- 4御御み裳裳もののの裾裾すそつみつみつみ擧擧あげげげ搔搔かききき撫撫なででで美母乃須蘇 都美安氣可伎奈埿
- 5ちちちちちちののの實實みののの父父ちちののの命命みことははは知知能末乃 知知能美許等波
- 6栲綱栲綱たくずぬののの白白しら鬚鬚ひげののの上上うえゆゆゆ多久頭怒能 之良比氣乃宇倍由
- 7涙涙なみだ垂垂たりりり歎歎なげききき宣宣のたばくたばくたばく奈美太多利 奈氣伎乃多婆久
- 8鹿兒鹿兒かこじものじものじもの唯唯ただ一人一人ひとりしししててて可胡自母乃 多太比等里之氐
- 9朝朝あさ戸戸と出出でのののかなしきかなしきかなしき吾吾わががが子子こ安佐刀埿乃 可奈之伎吾子
- 10あらたまあらたまあらたまののの年年としののの緒緒お長長ながくくく安良多麻乃 等之能乎奈我久
- 11あひあひあい見見みずずずははは戀戀こいしくしくしくあるあるあるべしべしべし安比美受波 古非之久安流倍之
- 12今日今日きょうだにだにだにももも言問言問ことどいせせせむむんととと今日太仁母 許等騰比勢武等
- 13惜惜おしみしみしみつつつつつつ悲悲かなしびしびしび坐坐ませせせ乎之美都都 可奈之備麻世
- 14若若わか草草くさののの妻妻つまももも子等子等こどもももも若草之 都麻母古騰母毛
- 15彼此彼此おちこちににに多多さわににに圍圍かくみみみ居居い乎知己知爾 左波爾可久美爲
- 16春春はる鳥鳥どりののの聲聲こえののの吟吟さまよひひい春鳥乃 己惠乃佐麻欲比
- 17白妙白妙しろたえののの袖袖そで泣泣なきききぬらしぬらしぬらし之路多倍乃 蘇埿奈伎奴良之
- 18携携たずさはりはりわり別別わかれれれ難難かてにににととと多豆佐波里 和可禮可弖爾等
- 19引引ひききき止止とめめめ慕慕したひひいしししものものものををを比伎等騰米 之多比之毛能乎
- 20大皇大皇おおきみののの命命みことかしこみかしこみかしこみ天皇乃 美許等可之古美
- 21玉玉たまほこほこほこののの道道みちににに出出いででで立立たちちち多麻保己乃 美知爾出立
- 22丘丘おかののの岬岬さきいいい廻廻たむるむるむる毎毎ごとににに乎可之佐伎 伊多牟流其等爾
- 23萬萬よろず度度たび顧顧かえりみみみしつつしつつしつつ與呂頭多妣 可弊里見之都追
- 24はろばろはろばろはろばろににに別別わかれれれししし來來くれれればばば波呂波呂爾 和可禮之久禮婆
- 25思思おもふふうそらそらそら安安やすくくくもももあらあらあらずずず於毛布蘇良 夜須久母安良受
- 26戀戀こふるふるうるそらそらそら苦苦くるしきしきしきものものものををを古布流蘇良 久流之伎毛乃乎
- 27現身現身うつせみののの世世よののの人人ひとなれなれなればばば宇都世美乃 與能比等奈禮婆
- 28たまきはるたまきはるたまきわる命命いのちももも知知しらららずずず多麻伎波流 伊能知母之良受
- 29海原海原うなはらのののかしこきかしこきかしこき道道みちををを海原乃 可之古伎美知乎
- 30島島しま傳傳づたひひいいいい漕漕こぎぎぎ渡渡わたりりりててて之麻豆多比 伊己藝和多利弖
- 31在在ありりり廻廻めぐりりり我我わががが來來くるるるまでまでまでににに安里米具利 和我久流麻埿爾
- 32平平たいらけくけくけく親親おやはははいまさいまさいまさねねね多比良氣久 於夜波伊麻佐禰
- 33恙恙つつみ無無なくくく妻妻つまははは待待またたたせせせととと都都美奈久 都麻波麻多世等
- 34住吉住吉すみのえののの我我あががが皇神皇神すめがみににに須美乃延能 安我須賣可未爾
- 35幣幣ぬさ奉奉まつりりり祈祈いのりりり申申もうしししててて奴佐麻都利 伊能里麻宇之弖
- 36難波難波なにわ津津づににに船船ふねををを浮浮うけけけ居居すゑゑえ奈爾波都爾 船乎宇氣須惠
- 37八十八十やそ楫楫か貫貫ぬききき水手水手かこ整整ととのへへえててて夜蘇加奴伎 可古等登能倍弖
- 38朝朝あさびらきびらきびらき我我わははは漕漕こぎぎぎ出出でぬぬぬととと家家いえににに告告つげげげこそこそこそ安佐婢良伎 和波己藝埿奴等 伊弊爾都氣己曾
- 39家家いえ人人びとののの伊弊妣等乃反歌
- 40齋齋いわへへえにににかかかあらあらあらむむん伊波倍爾可安良牟
- 41平平たいらけくけくけく多比良氣久
- 42船船ふな出出ではははしししぬぬぬととと布奈埿波之奴等
- 43親親おやににに申申もうさささねねね於夜爾麻宇佐禰
- 44みみみ空空そら行行ゆくくく美蘇良由久反歌
- 45雲雲くもももも使使つかいととと久母母都可比等
- 46人人ひとはははいへいへいえどどど比等波伊倍等
- 47家家いえづとづとずと遣遣やらららむむん伊弊頭刀夜良武
- 48たづきたづきたずき知知しらららずずずももも多豆伎之良受母
- 49家家いえづとづとずとににに伊弊都刀爾反歌
- 50貝貝かいぞぞぞ拾拾ひりへへえるるる可比曾比里弊流
- 51濱濱はま浪浪なみははは波麻奈美波
- 52いやいやいやしくしくしくしくしくしくににに伊也之久之久二
- 53高高たかくくく寄寄よすれすれすれどどど多可久與須禮騰
- 54島島しまかげかげかげににに之麻可氣爾反歌
- 55我我わががが船船ふね泊泊はてててててて和我布禰波弖氏
- 56告告つげげげやらやらやらむむん都氣也良牟
- 57使使つかいををを無無なみみみややや都可比乎奈美也
- 58戀戀こひひいつつつつつつ行行ゆかかかむむん古非都都由加牟
現代語訳
〔4408〕大君の任命のままに、防人として私が出発して来ると、(柞葉の)母上は、御裳の裾をつまみ上げて私の頭を撫で、(ちちの實の)父上は、(栲綱の)白い鬚の上に涙を流し、嘆いておっしゃるには、「(鹿兒じもの)ただ一人で朝の門出をして行くいとしいわが子よ。(あらたまの)長い年月逢わずにいたら恋しいことだろう。せめて今日だけでも語り合おう」と、別れを惜しんで悲しまれる。(若草の)妻も子らも、あちらこちらからたくさん取り囲んで、(春鳥の)声をあげて泣き、(白妙の)袖を泣き濡らし、手を取り合って別れかねると引き止めて慕ったのに、大君のご命令を恐れ謹んで、(玉ほこの)道に出で立ち、丘の崎を回るたびに、何度も振り返りながら、はるばると別れて来たので、思う心は安らかでなく、恋しく思う心は苦しいのに、この世の人の身なので、(たまきはる)命のほども知れない。海原の恐ろしい道を、島伝いに漕ぎ渡って、勤めを続けて私が帰って来るまで、無事で親はいてください、障りなく妻は待っていてくださいと、住吉のわが神に幣を捧げて祈り申し上げて、難波津に船を浮かべ据え、多くの楫を通し、水手を整えて、朝早く私は漕ぎ出したと、家に告げてほしい。
〔4409〕家の人が身を慎んで祈ってくれているからだろうか、無事に船出はしたと、親に申し伝えておくれ。
〔4410〕大空を行く雲も使いだと人は言うけれど、家への土産を送る手立てもわからないことだ。
〔4411〕家への土産にと貝を拾った。浜の波は、いよいよしきりに高く寄せてくるけれど。
〔4412〕島陰に私の船を泊めて、知らせを送る使いもいないので、恋しく思いながら行くのだろうか。
意訳
家持が防人の立場で、出発の朝の家族との別れから難波での船出までを詠んだ長歌である。裳の裾をつまんで頭を撫でる母、白い鬚に涙を流す父、取り囲んで泣く妻子の姿を細やかに描き、住吉の神に家族の無事を祈って船出したと家に知らせたいと結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 柞葉の
- 「ははそばの」。「母」にかかる枕詞。
- ちちの實の
- 「父」にかかる枕詞。
- 栲綱の
- 「たくづぬの」。「白」にかかる枕詞。
- 宣たばく
- 「のたばく」。おっしゃることには。
- 鹿兒じもの
- 「かこじもの」。鹿の子のように。「一人」にかかる。
- 朝戸出
- 「あさとで」。朝の門出。
- 悲しび坐せ
- 悲しんでおられる。
- 圍み居
- 「かくみゐ」。取り囲んで。
- 吟ひ
- 「さまよひ」。声をあげて泣くこと。
- 丘の岬
- 「をかのさき」。丘の突き出たところ。
- い廻むる
- 「いたむる」。回る。
- 萬度
- 「よろづたび」。何度も。
- 恙無く
- 「つつみなく」。障りなく。
- 家づと
- 家への土産。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4408〜4412番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝7年2月23日、兵部少輔大伴家持が防人の別れの悲しみを述べた歌。
修辞
- 対句
- 「柞葉の母の命は」と「ちちの實の父の命は」、「思ふそら安くもあらず」と「戀ふるそら苦しきものを」、「平けく親はいまさね」と「恙無く妻は待たせと」。
- 代作
- 防人の立場に立って詠む。
解説
防人の悲別を詠んだ家持の長歌の三首目で、最も長い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、734頁(コマ160)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、867頁(コマ197)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日