万葉集 巻第二十 4360〜4362番
天皇の 遠き御代にも
天平勝宝7年2月13日、兵部少輔として難波にいた大伴家持が、難波宮を讃えて詠んだ長歌と短歌二首。遠い昔の天皇の御代にも難波の国で天下を治められたと今の世まで言い伝えている、わが大君が春の初めに花の咲き匂う時と見て難波宮におられると、四方の国から献る貢ぎの船は堀江をさかのぼり、浜に出て海原を見ると白波の上に海人の小舟が浮かんで大御食に仕えようと漁をしている、なんと広大で豊かなことか、これを見れば神代から都をここに始めたのももっともだと詠む長歌と、桜の花が今盛りである、難波の海の照り輝く宮にお治めになるにつれてという歌、海原の広々とした豊かさを見ていると、難波で年を過ごしてしまいそうに思われるという歌。
題詞私の拙懷を陳ぶる一首并に短歌
- 1天皇天皇すめろきののの遠遠とおききき御御み代代よにににももも天皇乃 等保伎美與爾毛長歌
- 2押押おし照照てるるる難波難波なにわののの國國くにににに於之弖流 難波乃久爾爾
- 3天天あめののの下下した知知しらしめしらしめしらしめしきききととと阿米能之多 之良志賣之伎等
- 4今今いまののの世世よににに絶絶たえええずずず言言いひひいつつつつつつ伊麻能乎爾 多要受伊比都都
- 5懸懸かけけけまくまくまくもももあやあやあやににに畏畏かしこししし可氣麻久母 安夜爾可之古志
- 6神神かむながらながらながら吾吾わご大王大王おおきみののの可武奈我良 和其大王乃
- 7うちうちうち靡靡なびくくく春春はるののの初初はじめははは宇知奈妣久 春初波
- 8八千種八千種やちくさににに花花はな咲咲さきききにほひにほひにおい夜知久佐爾 波奈佐伎爾保比
- 9山山やま見見みれれればばば見見みのののともしくともしくともしく夜麻美禮婆 見能等母之久
- 10河河かわ見見みれれればばば見見みののの清清さやけくけくけく可波美禮婆 見乃佐夜氣久
- 11物物ものごとごとごとににに榮榮さかゆるゆるゆる時時ときととと母能其等爾 佐可由流等伎登
- 12見見めししし給給たまひひい明明あきらめらめらめ給給たまひひい賣之多麻比 安伎良米多麻比
- 13敷敷しきききませませませるるる難波難波なにわののの宮宮みやははは之伎麻世流 難波宮者
- 14聞聞きこししし食食おすすす四方四方よもののの國國くによりよりより伎己之乎須 四方乃久爾欲里
- 15獻獻たてまつるるる貢貢みつぎののの船船ふねははは多弖麻都流 美都奇能船者
- 16堀江堀江ほりえよりよりより水脈水脈みお引引びきききしつつしつつしつつ保理江欲里 美乎妣伎之都都
- 17朝朝あさなぎなぎなぎににに楫楫かじ引引ひききき泝泝のぼりりり安佐奈藝爾 可治比伎能保里
- 18夕夕ゆう汐汐しおににに棹棹さおさしさしさし下下くだりりり由布之保爾 佐乎佐之久太理
- 19あぢあぢあじ群群むらののの騷騷さわぎぎぎ競競きおひひいててて安治牟良能 佐和伎岐保比弖
- 20濱濱はまににに出出いでででててて海原海原うなはら見見みれれればばば波麻爾伊泥弖 海原見禮婆
- 21白白しら浪浪なみののの八重八重やえ折折おるるるががが上上うえににに之良奈美乃 夜敝乎流我宇倍爾
- 22海人海人あま小小お舟舟ぶねはららはららはららににに浮浮うきききててて安麻乎夫禰 波良良爾宇伎弖
- 23大大おお御食御食みけににに仕仕つかへへえ奉奉まつるるるととと於保美氣爾 都加倍麻都流等
- 24遠近遠近おちこちににに漁漁いざりりり釣釣つりりりけりけりけり乎知許知爾 伊射里都利家理
- 25幾許幾許そきだくもももおぎろおぎろおぎろなきなきなきかもかもかも曾伎太久毛 於藝呂奈伎可毛
- 26許多許多こきばくもももゆたけきゆたけきゆたけきかもかもかも己伎婆久母 由多氣伎可母
- 27此此ここ見見みれれればばばうべしうべしうべし神代神代かみよゆゆゆはじめはじめはじめけらしけらしけらしももも許己見禮婆 宇倍之神代由 波自米家良思母
- 28櫻櫻さくら花花ばな櫻花短歌
- 29今今いまさかりさかりさかりなりなりなり伊麻佐可里奈里
- 30難波難波なにわののの海海うみ難波乃海
- 31押押おし照照てるるる宮宮みやににに於之弖流宮爾
- 32聞聞きこしめすしめすしめすなべなべなべ伎許之賣須奈倍
- 33海原海原うなはらののの海原乃短歌
- 34ゆたけきゆたけきゆたけき見見みつつつつつつ由多氣伎見都都
- 35蘆蘆あしががが散散ちるるる安之我知流
- 36難波難波なにわににに年年としははは奈爾波爾等之波
- 37經經へぬぬぬべくべくべく思思おもほほおゆゆゆ倍努倍久於毛保由
現代語訳
〔4360〕天皇の遠い御代にも、(押し照る)難波の国で天下をお治めになったと、今の世まで絶えず言い伝えてきたが、口に出すのも恐れ多い、神そのままのわが大君が、(うち靡く)春の初めには、さまざまに花が咲き匂い、山を見れば見飽きず、川を見れば清々しく、物ごとに栄える時節とご覧になり、心を晴らされてお治めになっている難波の宮は、お治めになる四方の国から献る貢ぎの船が、堀江から水脈をたどって、朝なぎには楫を引いてさかのぼり、夕潮には棹をさして下り、あじ鴨の群れのように騒ぎ競って、浜に出て海原を見ると、白波が幾重にも折り重なる上に、海人の小舟が散り散りに浮かんで、大御食にお仕えしようと、あちらこちらで漁をして釣りをしている。なんと広大なことか。なんと豊かなことか。これを見ると、なるほど神代からここに都を始められたのであろう。
〔4361〕桜の花は今が盛りである。難波の海の照り輝く宮で、大君がお治めになるにつれて。
〔4362〕海原の広々とした豊かさを見ていると、(蘆が散る)難波で年を越してしまいそうに思われる。
意訳
防人の検校のために難波に滞在していた家持が、難波宮の春の景観と、四方から貢ぎ物を運ぶ船や漁をする海人の小舟でにぎわう海の豊かさを讃えた長歌である。仁徳天皇の高津宮以来の都の地としての難波を讃える、宮廷讃歌の伝統にのっとった作である。
語釈・文法注
文法・本文
- 見のともしく
- 見て心ひかれ、見飽きない。
- 見し給ひ
- 「めしたまひ」。ご覧になって。
- 水脈引き
- 「みをびき」。水脈をたどって。
- 騷き競ひて
- 騒いで競い合って。
- 八重折る
- 幾重にも折り重なる。
- はららに
- 散り散りに。
- 幾許も
- 「そきだくも」。なんとまあ。
- おぎろなき
- 広大な。
- 許多も
- 「こきばくも」。なんとまあ。
- なべ
- につれて。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4360〜4362番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝7年2月13日、兵部少輔大伴家持が難波で詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「山見れば見のともしく」と「河見れば見の清けく」、「朝なぎに楫引き泝り」と「夕汐に棹さし下り」、「幾許もおぎろなきかも」と「許多もゆたけきかも」。
解説
このころ孝謙天皇が難波に行幸していたかは明らかでなく、家持が宮廷讃歌として予め作ったものとも考えられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、727頁(コマ156)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、856頁(コマ192)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日