万葉集 巻第二十 4331〜4333番
天皇の 遠の朝廷と
天平勝宝7年2月8日、兵部少輔大伴家持が、防人の別れの悲しみを思いやって詠んだ長歌と反歌二首。天皇の遠い政庁として筑紫の国は敵を守る鎮めの城だと、天下の国々には人は多いが、東男は後ろを顧みない勇ましい兵として召されて、母のもとを離れ妻とも共寝せずに難波から船出していく、無事に務めを果たして帰ってほしいと、妻は斎瓮を床辺に据えて長い日々を待ち焦がれるだろうと詠む長歌と、ますらおが靫を背負って出て行くと別れを惜しんで嘆いただろう妻よという歌、東男の妻との別れは悲しかっただろう、年月が長いのでという歌。
題詞追ひて防人の悲別の心を痛みて作れる歌一首并に短歌
- 1天皇天皇すめろきののの遠遠とおののの朝廷朝廷みかどととと天皇乃 等保能朝廷等長歌
- 2不知火不知火しらぬい筑紫筑紫つくしののの國國くにははは之良奴日 筑紫國波
- 3賊賊あた守守まもるるる鎭鎭おさえののの城城きぞぞぞととと安多麻毛流 於佐倍乃城曾等
- 4聞聞きこししし食食おすすす四方四方よもののの國國くににににははは聞食 四方國爾波
- 5人人ひと多多さわににに滿滿みちちちてててはははあれあれあれどどど比等佐波爾 美知弖波安禮杼
- 6鷄鷄とりががが鳴鳴なくくく東東あずま男男おのこははは登利我奈久 安豆麻乎能故波
- 7出出いででで向向むかひひい顧顧かえりみみみせせせずずずててて伊田牟可比 加弊里見世受弖
- 8勇勇いさみみみたるたるたる猛猛たけききき軍卒軍卒いくさととと伊佐美多流 多家吉軍卒等
- 9勞勞ねぎぎぎ給給たまひひい任任まけのののまにまにまにまにまにまに禰疑多麻比 麻氣乃麻爾麻爾
- 10たらちねたらちねたらちねののの母母ははががが目目め離離かれれれててて多良知禰乃 波波我目可禮弖
- 11若若わか草草くさののの妻妻つまをををももも纏纏まかかかずずず若草能 都麻乎母麻可受
- 12あらたまあらたまあらたまののの月月つき日日ひ數數よみみみつつつつつつ安良多麻能 月日餘美都都
- 13蘆蘆あしががが散散ちるるる難波難波なにわののの御津御津みつににに安之我知流 難波能美津爾
- 14大大おお船船ぶねににに眞眞ま櫂櫂かい繁繁しじ貫貫ぬききき大船爾 末加伊之自奴伎
- 15朝朝あさなぎなぎなぎににに水手水手かこ整整ととのへへえ安佐奈藝爾 可故等登能倍
- 16夕夕ゆう汐汐しおににに楫楫かじ引引ひききき撓撓おりりり由布思保爾 可知比伎乎里
- 17率率あどもひひいててて漕漕こぎぎぎゆくゆくゆく君君きみははは安騰母比弖 許藝由久伎美波
- 18波波なみののの間間まをををいいい行行ゆきききさぐくみさぐくみさぐくみ奈美乃間乎 伊由伎佐具久美
- 19眞眞ま幸幸さきくくくももも早早はやくくく到到いたりりりててて麻佐吉久母 波夜久伊多里弖
- 20大王大王おおきみののの命命みことのののまにままにままにま大王乃 美許等能麻爾末
- 21丈夫丈夫ますらおののの心心こころををを持持もちちちててて麻須良男乃 許己呂乎母知弖
- 22在在ありりり廻廻めぐりりり事事ことししし畢畢おわらららばばば安里米具理 事之乎波良婆
- 23恙恙つつまははわずずず歸歸かえりりり來來きませませませととと都都麻波受 可敝理伎麻勢登
- 24齋瓮齋瓮いわいべををを床床とこ邊邊へにににすゑすゑすえててて伊波比倍乎 等許敝爾須惠弖
- 25白妙白妙しろたえののの袖袖そで折折おりりり反反かえししし之路多倍能 蘇田遠利加敝之
- 26ぬばたまぬばたまぬばたまののの黑黑くろ髮髮かみ敷敷しきききててて奴婆多麻乃 久路加美之伎弖
- 27長長ながききき日日けををを待待まちちちかもかもかも戀戀こひひいむむん愛愛はしきしきしき妻妻つまらららははは奈我伎氣遠 麻知可母戀牟 波之伎都麻良波
- 28丈夫丈夫ますらおののの麻須良男能反歌
- 29靫靫ゆき取取とりりり負負おひひいててて由伎等里於比弖
- 30出出いでででててて往往いけけけばばば伊田弖伊氣婆
- 31別別わかれををを惜惜おしみしみしみ和可禮乎乎之美
- 32嘆嘆なげきききけむけむけん妻妻つま奈氣伎家牟都麻
- 33とりとりとりががが鳴鳴なくくく等里我奈久反歌
- 34東東あずま男男おとこののの安豆麻乎等故能
- 35妻妻つま別別わかれれれ都麻和可禮
- 36悲悲かなしくしくしくありありありけむけむけん可奈之久安里家牟
- 37年年としののの緒緒お長長ながみみみ等之能乎奈我美
現代語訳
〔4331〕天皇の遠い政庁として、(不知火)筑紫の国は、敵を防ぐ鎮めの城であると、お治めになる四方の国々には人が多く満ちているけれど、(鷄が鳴く)東国の男は、出で向かって後ろを顧みることもなく、勇み立った猛々しい兵士であるとねぎらわれ、任命のままに、(たらちねの)母のもとを離れ、(若草の)妻とも共寝せず、(あらたまの)月日を数えながら、(蘆が散る)難波の御津で、大船に左右の櫂をたくさん通し、朝なぎに水手を整え、夕潮に楫をたわむほど引いて、連れ立って漕いで行く君は、波の間を押し分けて進み、無事に早く到着して、大君のご命令のままに、ますらおの心を持って、勤めを続け、務めが終わったならば、障りなく帰って来てくださいと、斎瓮を床のそばに据えて、(白妙の)袖を折り返し、(ぬばたまの)黒髪を敷いて、長い日々を待ち焦がれていることだろう、いとしい妻たちは。
〔4332〕ますらおが靫を取って背負い、出て行ったので、別れを惜しんで嘆いたことだろう、妻は。
〔4333〕(とりが鳴く)東国の男の妻との別れは、悲しかったことだろう。年月が長いので。
意訳
防人を検校した家持が、東国から来た防人たちの別れの悲しみを思いやって詠んだ長歌である。勇んで筑紫へ向かう東男の姿と、無事の帰りを祈って斎瓮を据え、袖を折り返して待つ妻の姿とを対比して描く。
語釈・文法注
文法・本文
- 不知火
- 「しらぬひ」。「筑紫」にかかる枕詞。
- 賊守る
- 「あたまもる」。敵を防ぐ。
- 鎭の城
- 「おさへのき」。鎮めの城。
- 勞ぎ給ひ
- 「ねぎたまひ」。ねぎらいなさって。
- 目離れて
- 「めかれて」。離れて。
- 蘆が散る
- 「難波」にかかる枕詞。
- 水手
- 「かこ」。漕ぎ手。
- さぐくみ
- 押し分けて進んで。
- 恙はず
- 「つつまはず」。障りなく。
- 齋瓮
- 「いはひべ」。神を祭る瓶。
- 靫
- 「ゆき」。矢を入れて背負う武具。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4331〜4333番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝7年2月8日、兵部少輔大伴家持が、防人の別れの悲しみを思いやって詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「朝なぎに水手整へ」と「夕汐に楫引き撓り」。
- 枕詞
- 「不知火」「鷄が鳴く」「たらちねの」「若草の」「あらたまの」「蘆が散る」「白妙の」「ぬばたまの」。
解説
家持は兵部少輔として防人の検校にあたり、防人歌を記録しつつ、自らも防人の心を詠んだ。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、722頁(コマ154)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、850頁(コマ189)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日