万葉集 巻第二十 4315〜4320番
宮人の 袖つけ衣
天平勝宝6年、兵部少輔大伴家持がひとり秋の野を思って詠んだ歌六首。宮人の袖付きの衣が秋萩に照り映えて美しい高円の宮という歌、高円の宮の裾の野の小高い所に今咲いているだろう女郎花よという歌、秋の野には今こそ行こう、官人の男女が花の美しさを見にという歌、秋の野の露を受けた萩を手折らずに惜しい盛りを過ごしてしまうのかという歌、高円の秋野の朝霧の中に妻を呼ぶ牡鹿が出て立っているだろうかという歌、ますらおが呼び立てたので牡鹿が胸で分けて行くだろう秋野の萩原という歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(大伴宿禰家持、獨秋野を憶ひて聊か拙懷を述べて作れる歌六首)
- 1宮人宮人みやびとののの宮人乃4315
- 2袖袖そでつけつけつけ衣衣ごろも蘇泥都氣其呂母
- 3秋秋あき萩萩はぎににに安伎波疑爾
- 4にほひにほひにおいよろしきよろしきよろしき仁保比與呂之伎
- 5高圓高圓たかまとののの宮宮みや多加麻刀能美夜
- 6高圓高圓たかまとののの多可麻刀能4316
- 7宮宮みやののの裾裾すそ廻廻みののの宮乃須蘇未乃
- 8野野ぬづかさづかさづかさににに努都可佐爾
- 9今今いま咲咲さけけけるるるらむらむらん伊麻左家流良武
- 10女郎花女郎花おみなえしはははももも乎美奈弊之波母
- 11秋秋あき野野のにににははは秋野爾波4317
- 12今今いまこそこそこそ行行ゆかかかめめめ伊麻己曾由可米
- 13もののふもののふもののふののの母能乃布能
- 14男女男女おとこおみなののの乎等古乎美奈能
- 15花花はなにほひにほひにおい見見みににに波奈爾保比見爾
- 16秋秋あきののの野野のににに安伎能野爾4318
- 17露露つゆ負負おへへえるるる萩萩はぎををを都由於弊流波疑乎
- 18手手た折折おらららずずずててて多乎良受弖
- 19あたらあたらあたら盛盛さかりををを安多良佐可里乎
- 20過過すぐしぐしぐしてててむむんとととかかか須具之弖牟登香
- 21高圓高圓たかまとののの多可麻刀能4319
- 22秋秋あき野野ののののうへうへうえののの秋野乃宇倍能
- 23朝朝あさ霧霧ぎりににに安佐疑里爾
- 24妻妻つま呼呼よぶぶぶ牡鹿牡鹿おしか都麻欲夫乎之可
- 25出出いででで立立たつつつらむらむらんかかか伊泥多都良武可
- 26丈夫丈夫ますらおののの麻須良男乃4320
- 27呼呼よびびび立立たてててしかしかしかばばば欲妣多天思加婆
- 28さささををを鹿鹿しかののの左乎之加能
- 29胸胸むな分分わけけけ行行ゆかかかむむん牟奈和氣由可牟
- 30秋秋あき野野の萩萩はぎ原原はら安伎野波疑波良
現代語訳
〔4315〕宮人の袖付きの衣が秋萩に照り映えて美しい、高円の宮よ。
〔4316〕高円の宮の裾のあたりの野の小高い所に、今ごろ咲いているだろう女郎花はどうしているか。
〔4317〕秋の野には今こそ行こう。(もののふの)官人の男女が、花の美しさを見に。
〔4318〕秋の野に露を受けた萩を手折らないで、惜しい盛りを過ごしてしまおうというのか。
〔4319〕高円の秋の野の上の朝霧の中に、妻を呼ぶ牡鹿が出て立っているだろうか。
〔4320〕ますらおが呼び立てたので、牡鹿が胸で押し分けて行くだろう、秋の野の萩原よ。
意訳
都の役所にいて、ひとり高円の秋の野を思い描いて詠んだ連作である。宮人の衣に映える萩、女郎花、花見に出る官人たち、露の萩、朝霧の牡鹿、萩原を分ける鹿と、秋の高円野の情景を次々に描く。
語釈・文法注
文法・本文
- 袖つけ衣
- 袖のついた衣。
- 野づかさ
- 野の中の小高い所。
- にほひ
- 照り映える美しさ。
- あたら盛
- 惜しい盛り。
- 胸分け
- 「むなわけ」。胸で押し分けること。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4315〜4320番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝6年、兵部少輔大伴家持がひとり秋の野を思って詠んだ歌。
修辞
- 想像
- 実際には見ていない高円野の秋を思い描く。
解説
高円には聖武天皇の離宮があった。家持はこの年兵部少輔に任じられた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、720頁(コマ153)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、847頁(コマ187)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日