古典ライブラリー

万葉集 巻第二十 4321〜4327番

畏きや 命被ふり

作者未詳

天平勝宝7年2月、交替して筑紫に派遣される遠江国の防人たちの歌七首。恐れ多い命令を受けて、明日からは草と共寝するのか、妻もいないままでという歌、妻はひどく恋しがっているらしい、飲む水に影まで見えて忘れられないという歌、季節ごとの花は咲くのに、なぜ母という花は咲き出てこないのかという歌、遠江の白羽の磯と贄の浦とが向き合っていたなら言葉も通わせようにという歌、父母が花であればよい、旅に出ても捧げ持って行こうにという歌、父母の家の裏の百代草のように、百代までも長生きしてください、私が帰るまでという歌、妻の姿も絵に描き取る暇がほしい、旅行く私は見ながら偲ぼうにという歌。

旅立つ若い防人と、見送る父母と妻

題詞天平勝寶七歳乙未二月、相替りて筑紫に遣さるる諸國の防人等の歌(遠江國)

  1. 1畏かしこ畏かしこかしこきききややや可之古伎夜4321 物部秋持
  2. 2命みこと命みことみこと被かがふ被かがふかがうりりり美許等加我布理
  3. 3明日あす明日あすあすゆりゆりゆりややや阿須由利也
  4. 4草かえ草かえかえががが共むた共むたむた寐ね寐ねねむむむ加曳我牟多禰牟
  5. 5妹いむ妹いむいむ無な無ななしししにににしししててて伊牟奈之爾志弖
  6. 6我わ我わわががが妻つま妻つまつまははは和我都麻波4322 若倭部身麻呂
  7. 7いたくいたくいたく戀こ戀ここひひいらしらしらし伊多久古比良之
  8. 8飮の飮ののむむむ水みづ水みづみずににに乃牟美豆爾
  9. 9影かご影かごかごさへさへさえ見み見みみえええててて加其佐倍美曳弖
  10. 10世よ世よよににに忘わす忘わすわすららられれれずずず余爾和須良禮受
  11. 11時時ときどき時時ときどきときどきののの等伎騰吉乃4323 丈部真麻呂
  12. 12花はな花はなはなははは咲さ咲ささけけけどもどもども波奈波佐家登母
  13. 13何なに何なになにすれすれすれぞぞぞ奈爾須禮曾
  14. 14母はは母ははははとととふふう花はな花はなはなののの波波登布波奈乃
  15. 15咲さ咲ささききき出で出でで來こ來ここずずずけむけむけん佐吉泥己受祁牟
  16. 16遠江とへたほみ遠江とへたほみとえたおみ等倍多保美4324 丈部川相
  17. 17白羽しるは白羽しるはしるはののの磯いそ磯いそいそととと志留波乃伊宗等
  18. 18贄にへ贄にへにえののの浦うら浦うらうらととと爾閉乃宇良等
  19. 19あひあひあいてててしししあらあらあらばばば安比弖之阿良婆
  20. 20言こと言ことことももも通かゆ通かゆかゆははわむむん己等母加由波牟
  21. 21父母ちちはは父母ちちははちちははももも知知波波母4325 丈部黒当
  22. 22花はな花はなはなにににもがもがもがもやもやもや波奈爾母我毛夜
  23. 23草くさ草くさくさ枕まくら枕まくらまくら久佐麻久良
  24. 24旅たび旅たびたびははは行ゆ行ゆゆくくくともともとも多妣波由久等母
  25. 25擎ささ擎ささささごごごててて行ゆ行ゆゆかかかむむん佐佐己弖由加牟
  26. 26父母ちちはは父母ちちははちちははががが父母我4326 生玉部足国
  27. 27殿との殿とのとのののの後しりへ後しりへしりえののの等能能志利弊乃
  28. 28百代ももよ百代ももよももよ草ぐさ草ぐさぐさ母母余具佐
  29. 29百代ももよ百代ももよももよいでいでいでませませませ母母與伊弖麻勢
  30. 30我わ我わわががが來き來ききたるたるたるまでまでまで和我伎多流麻弖
  31. 31我わ我わわががが妻つま妻つまつまももも和我都麻母4327 物部古麻呂
  32. 32畫ゑ畫ゑえにににかきかきかきとらとらとらむむん畫爾可伎等良無
  33. 33暇いづま暇いづまいずまもがもがもが伊豆麻母加
  34. 34旅たび旅たびたび行ゆ行ゆゆくくく我あれ我あれあれははは多比由久阿禮波
  35. 35見み見みみつつつつつつしぬばしぬばしぬばむむん美都都志努波牟

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔4321〕恐れ多い大君のご命令をいただいて、明日からは草とともに寝るのだろうか。妻もいないままで。

〔4322〕私の妻はひどく恋しがっているらしい。飲む水に面影まで見えて、少しも忘れられない。

〔4323〕季節ごとの花は咲くけれども、どうして母という花は咲き出てこなかったのだろう。

〔4324〕遠江の白羽の磯と贄の浦とが、向き合っていたならば、言葉も通わせられように。

〔4325〕父母が花であったらなあ。(草枕)旅に行くとしても、捧げ持って行こうに。

〔4326〕父母の家の裏の百代草のように、百代までも長生きしてください。私が帰って来るまで。

〔4327〕私の妻の姿も絵に描き取る暇があればよいのに。旅に行く私は、それを見ながら偲ぼうに。

意訳

筑紫の防備に向かう遠江国の農民兵たちの歌である。草を枕の旅寝、飲む水に映る妻の面影、花になって一緒に行ってほしい父母、絵姿にして持って行きたい妻と、素朴な東国の言葉で家族との別れを詠む。

語釈・文法注

文法・本文

命被り
「みことかがふり」。ご命令をいただいて。
明日ゆりや
明日からは。「ゆり」は「より」の東国語形。
草が共寐む
「かえがむたねむ」。草と一緒に寝るのだろうか。「かえ」は「かや」の訛りとされる。
妹
「いむ」。妻。「いも」の東国語形。
影
「かご」。面影。「かげ」の東国語形。
咲き出來ずけむ
咲き出てこなかったのだろう。
遠江
「とへたほみ」。遠江の東国語形。
白羽・贄の浦
遠江の地名。
通はむ
「かゆはむ」。「かよはむ」の東国語形。
擎ごて
「ささごて」。捧げて。
百代草
「ももよぐさ」。未詳の草。菊などとする説がある。
暇
「いづま」。「いとま」の東国語形。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第二十・部立なし・4321〜4327番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平勝宝7年2月、交替して筑紫に派遣される遠江国の防人たちの歌。防人部領使が進上したもの。

修辞

東国方言
「ゆり」「いむ」「かご」「かゆはむ」など、東国の言葉を交える。

解説

兵部少輔であった大伴家持は、難波で防人を検校し、諸国の部領使が進上した防人歌を選んで記録した。遠江国の歌は十八首のうち七首が採られた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、721頁(コマ153)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、848頁(コマ188)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日