万葉集 巻第二十 4306〜4313番
初秋風 涼しき夕
天平勝宝6年7月7日、大伴家持がひとり天の川を仰いで詠んだ七夕の歌八首。初秋の風の涼しい夕べに解こうと紐を結んだ、妻に逢うためにという歌、秋といえば心が痛む、花になぞらえて見たいからかという歌、初尾花のように初めて逢おうとして天の川を隔ててきたのだろう、長い年月という歌、秋風になびく河辺の柔らかな草のように、にこやかに思われるという歌、秋になると霧の立ちわたる天の川に石を並べ置いたら続けて逢えるだろうかという歌、秋風に今か今かと紐を解いて待っていると月が傾いたという歌、秋草に置く白露のように飽きずにいつも逢うものを、月を待とうという歌、青波に袖まで濡らして漕ぐ船の、楫を振る間に夜は更けてしまうだろうかという歌。
題詞七夕の歌八首
- 1初初はつ秋秋あき風風かぜ波都秋風4306
- 2涼涼すずしきしきしき夕夕ゆうべ須受之伎由布弊
- 3解解とかかかむむんとととぞぞぞ等香武等曾
- 4紐紐ひもははは結結むすびびびししし比毛波牟須妣之
- 5妹妹いもににに逢逢あははわむむんためためため伊母爾安波牟多米
- 6秋秋あきととといへいへいえばばば秋等伊弊婆4307
- 7心心こころぞぞぞ痛痛いたききき許己呂曾伊多伎
- 8うたてうたてうたて異異けににに宇多弖家爾
- 9花花はなににに比比なそへへえててて花爾奈蘇倍弖
- 10見見みまくまくまく欲欲ほりりりかもかもかも見麻久保里香聞
- 11初初はつ尾花尾花おばな波都乎婆奈4308
- 12花花はなににに見見みむむむとととししし波名爾見牟登之
- 13天天あまののの河河かわ安麻乃可波
- 14隔隔へなりりりにににけらしけらしけらし弊奈里爾家良之
- 15年年としののの緒緒お長長ながくくく年緒奈我久
- 16秋秋あき風風かぜににに秋風爾4309
- 17靡靡なびくくく河傍河傍かわびののの奈妣久可波備能
- 18和和にこ草草ぐさののの爾故具左能
- 19莞爾莞爾にこよかにににしもしもしも爾古餘可爾之母
- 20思思おもほほおゆるゆるゆるかもかもかも於毛保由流香母
- 21秋秋あきささされれればばば安吉佐禮婆4310
- 22霧霧きり立立たちちちわたるわたるわたる奇里多知和多流
- 23天天あまののの河河かわ安麻能河波
- 24石石いし並並なみみみ置置おかかかばばば伊之奈彌於可婆
- 25繼繼つぎぎぎててて見見みむむむかもかもかも都藝弖見牟可母
- 26あきあきあき風風かぜににに秋風爾4311
- 27今今いまかかか今今いまかかかととと伊麻香伊麻可等
- 28紐紐ひも解解ときききててて比母等伎弖
- 29うらうらうら待待まちちち居居おるるるににに宇良麻知乎流爾
- 30月月つきかたぶきかたぶきかたぶきぬぬぬ月可多夫伎奴
- 31秋秋あき草草くさににに秋草爾4312
- 32置置おくくく白白しら露露つゆののの於久之良都由能
- 33飽飽あかかかずずずのみのみのみ安可受能未
- 34相相あい見見みるるるものものものををを安比見流毛乃乎
- 35月月つきをををししし待待またたたむむん月乎之麻多牟
- 36青青あお波波なみににに安乎奈美爾4313
- 37袖袖そでさへさへさえぬれぬれぬれててて蘇弖佐閉奴禮弖
- 38漕漕こぐぐぐ船船ふねののの許具布禰乃
- 39牂牁牂牁かし振振ふるるる程程ほどににに可之布流保刀爾
- 40さささ夜夜よふけふけふけなななむむんかかか左欲布氣奈武可
現代語訳
〔4306〕初秋の風の涼しい夕べに解こうと思って、この紐は結んだのだ。妻に逢うために。
〔4307〕秋というと心が痛む。ますます異様に。花になぞらえて見たいと思うからだろうか。
〔4308〕初尾花のように、初めて逢おうとして、天の川を隔ててきたらしい。長い年月を。
〔4309〕秋風になびく河辺の柔らかな草のように、にこやかに思われることだ。
〔4310〕秋になると霧の立ちわたる天の川に、石を並べて置いたなら、続けて逢えるだろうか。
〔4311〕秋風の中で、今か今かと紐を解いて心待ちにしているうちに、月が傾いてしまった。
〔4312〕秋草に置く白露のように、飽きることなくいつも逢っていたいのに、月の出を待とう。
〔4313〕青波に袖まで濡らして漕ぐ船の、楫を振るうちに、夜が更けてしまうだろうか。
意訳
七夕の夜、家持がひとり天の川を仰いで、牽牛と織女の心になって詠んだ連作である。年に一度の逢瀬を待ちわびる心、天の川に石を並べて渡りたいという願い、夜の更けるのを惜しむ思いを、秋の景物に寄せて詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- うたて異に
- ますます異様に。
- 比へて
- 「なそへて」。なぞらえて。
- 河傍
- 「かはび」。河辺。
- 和草
- 「にこぐさ」。柔らかな草。
- 莞爾
- 「にこよか」。にこやか。
- 牂牁
- 「かし」。船をつなぐ杭、または楫。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第二十・部立なし・4306〜4313番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝6年7月7日、大伴家持がひとり天の川を仰いで詠んだ七夕の歌。
修辞
- 序詞
- 4309番の「秋風に靡く河傍の和草の」が「にこよか」を、4312番の「秋草に置く白露の」が「飽かず」を導く。
解説
家持は七夕の歌を数多く詠んでいる(4125番など)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、719頁(コマ152)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、846頁(コマ187)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日