万葉集 巻第十九 4254〜4255番
秋津島 倭の國を
天平勝宝3年8月、越中から都へ向かう道中で、大伴家持が宮中の宴に侍って詔に応える時のために、あらかじめ作った長歌と反歌。神代に天雲に磐船を浮かべて国見をして天降り、この国を平らげて千代を重ねて治めてきた天の日嗣として、わが大君は官人を慈しみ四方の人をあまねく恵んで、昔からない瑞祥がたびたび奏上された、天地日月とともに万代に記し継ごう、わが大君が秋の花をご覧になって心を晴らされる酒宴の今日の尊さよと詠む長歌と、秋の花はさまざまだが、色ごとにご覧になって心を晴らされる今日の尊さという反歌。
題詞京に向ふ路上にして、興に依りて預て宴に侍して詔に應ずる歌を作れる一首并に短歌
- 1秋津島秋津島あきつしま倭倭やまとののの國國くにををを蜻島 山跡國乎長歌
- 2天天あま雲雲くもににに磐船磐船いわふね浮浮うかべべべ天雲爾 磐船浮
- 3艫艫ともににに舳舳へににに眞眞ま櫂櫂かい繁繁しじ貫貫ぬききき等母爾倍爾 眞可伊繁貫
- 4いいい榜榜こぎぎぎつつつつつつ國國くに見見みしししせせせしししててて伊許藝都追 國看之勢志氐
- 5天降天降あもりりり坐坐まししし掃掃はらひひい平平たいらげげげ安母里麻之 掃平
- 6千千ち代代よ累累かさねねねいやいやいや嗣繼嗣繼つぎつぎににに千代累 彌嗣繼爾
- 7知知しらしらしらし來來くるるる天天あまののの日嗣日嗣ひつぎととと所知來流 天之日繼等
- 8神神かむながらながらながら吾吾わががが皇皇おおきみののの神奈我良 吾皇乃
- 9天天あめののの下下した治治おさめめめ賜賜たまへへえばばば天下 治賜者
- 10物部物部もののふののの八十八十やそ伴伴ともののの雄雄おををを物乃布能 八十友之雄乎
- 11撫撫なででで賜賜たまひひい齊齊ととのへへえ賜賜たまひひい撫賜 等登能倍賜
- 12食國食國おすくにののの四方四方よもののの人人ひとをををももも食國之 四方之人乎母
- 13餘餘あぶさささはははずずず愍愍めぐみみみ賜賜たまへへえばばば安夫左波受 愍賜者
- 14古昔古昔いにしえよりよりより無無なかりかりかりししし瑞瑞しるし從古昔 無利之瑞
- 15遍遍たび數多數多まねくくく申申もうしししたまひたまひたまいぬぬぬ多婢末禰久 申多麻比奴
- 16手手た拱拱うだきききててて事事こと無無なききき御御み代代よととと手拱而 事無御代等
- 17天地天地あめつち日月日月ひつきととと共共ともににに天地 日月等登聞仁
- 18萬世萬世よろずよににに記記しるししし續續つがががむむんぞぞぞ萬世爾 記續牟曾
- 19安安やす見見みしししししし吾吾わががが大皇大皇おおきみ八隅知之 吾大皇
- 20秋秋あきののの花花はな其其しがががいろいろいろいろいろいろににに秋花 之我色色爾
- 21見見めししし賜賜たまひひい明明あきらめらめらめたまひたまひたまい見賜 明米多麻比
- 22酒宴酒宴さかみずき榮榮さかゆるゆるゆる今日今日きょうのののあやあやあやににに貴貴とうとさささ酒見附 榮流今日之 安夜爾貴左
- 23秋秋あきののの時時とき秋時反歌
- 24花花はな種種くさなれなれなれどどど花種爾有等
- 25色色いろ別別ごとににに色別爾
- 26見見めししし明明あきらむるらむるらむる見之明良牟流
- 27今日今日きょうののの貴貴とうとさささ今日之貴左
現代語訳
〔4254〕(秋津島)大和の国を、天雲の上に磐船を浮かべ、船尾にも舳先にも左右の櫂をたくさん通して漕ぎながら、国見をなさって天降りなされ、平定して、千代を重ねて、ますます次々にお治めになってきた天の日嗣として、神そのままに、わが大君が天の下をお治めになると、多くの官人たちを慈しみ、整えてくださり、治める国の四方の人々も残さず恵んでくださるので、昔からなかった瑞祥がたびたび奏上された。手をこまねいて何事もない御代と、天地、日月とともに万代に記し継いでいこう。(安見しし)わが大君が、秋の花のそれぞれの色をご覧になり、心を晴らされて、酒宴に栄える今日の、なんとも尊いことよ。
〔4255〕秋の季節の花はさまざまだけれど、色ごとにご覧になって心を晴らされる、今日の尊さよ。
意訳
越中から都へ戻る道中、少納言として宮中の宴に侍る日を思い描き、詔に応えて奉る歌として前もって作った長歌である。天孫降臨から説き起こし、聖武・孝謙朝の徳政と瑞祥を讃え、秋の花を愛でる宴の尊さで結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 磐船
- 「いはふね」。天から降る堅固な船。
- 國見
- 高い所から国を見渡すこと。
- 天降り坐し
- 「あもりまし」。天降りなさって。
- 齊へ賜ひ
- 「ととのへたまひ」。整えてくださり。
- 餘さはず
- 「あぶさはず」。残さず。白文は「安夫左波受」。
- 瑞
- 「しるし」。めでたいしるし。
- 遍數多く
- 「たびまねく」。たびたび。
- 手拱きて
- 「たうだきて」。手をこまねいて、何もせずに。
- 花種
- 「はなくさ」。花の種類。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4254〜4255番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝3年、都へ向かう道中で、越中守から少納言に転じた大伴家持が、宮中の宴に備えてあらかじめ作った歌。
修辞
- 対句
- 「撫で賜ひ」と「齊へ賜ひ」。
- 枕詞
- 「秋津島」「安見しし」。
解説
家持は上京を前に、宮廷歌人として奉る歌を用意していた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、699頁(コマ142)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、825頁(コマ176)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日