古典ライブラリー

万葉集 巻第十九 4220〜4221番

海神の 神の命の

大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)

天平勝宝2年、都の大伴坂上郎女が、越中の家持のもとにいる娘の坂上大嬢に贈った長歌と反歌。海神が御櫛笥に大切にしまっておく真珠にもまさって大事に思っていたわが子であるが、世の道理として夫に引かれるままに越路へ別れて行ってから、その眉の面影がしきりに見えて、こうして恋い慕っていたら年老いていく私の身は耐えられるだろうかと詠む長歌と、これほど恋しいのなら、鏡のように見ない日も時もなくいられたらよかったのにという歌。

都の家で、遠く越路へ嫁いだ娘を思う母

題詞京師より來り贈る歌一首并に短歌

  1. 1海神わたつみ海神わたつみわたつみののの神かみ神かみかみののの命みこと命みことみことののの和多都民能 可味能美許等乃長歌
  2. 2御み御みみ櫛笥くしげ櫛笥くしげくしげににに貯たく貯たくたくははわひひい置お置おおきききててて美久之宜爾 多久波比於伎氐
  3. 3齋いつ齋いついつくくくとととふふう珠たま珠たまたまににに勝まさ勝まさまさりりりててて伊都久等布 多麻爾末佐里氐
  4. 4思おも思おもおもへへえりりりししし吾あ吾ああががが子こ子ここにににはははあれあれあれどどど於毛敝里之 安我故爾波安禮騰
  5. 5うつせみうつせみうつせみののの世よ世よよののの理ことわり理ことわりことわりととと宇都世美乃 與能許等和利等
  6. 6丈夫ますらを丈夫ますらをますらおののの引ひき引ひきひきのののまにまにまにまにまにまに麻須良乎能 比伎能麻爾麻爾
  7. 7級しな級しなしな離ざか離ざかざかるるる越路こしぢ越路こしぢこしじををを指さ指ささしししててて之奈謝可流 古之地乎左之氐
  8. 8延は延ははふふう蔦つた蔦つたつたののの別わか別わかわかれれれにににしししよりよりより波布都多能 和可禮爾之欲理
  9. 9沖おき沖おきおきつつつ浪なみ浪なみなみ撓とを撓とをとおむむむ眉引まよびき眉引まよびきまよびき於吉都奈美 等乎牟麻欲比伎
  10. 10大おほ大おほおお船ぶね船ぶねぶねのののゆくらゆくらゆくらゆくらゆくらゆくらににに於保夫祢能 由久良由久良耳
  11. 11面影おもかげ面影おもかげおもかげにににもとなもとなもとな見み見みみえええつつつつつつ於毛可宜爾 毛得奈民延都都
  12. 12斯か斯かかくくく戀こ戀ここひひいばばば老おい老おいおいづくづくづく吾あ吾ああががが身み身みみ蓋けだ蓋けだけだししし堪あ堪ああへへえむむんかもかもかも可久古非婆 意伊豆久安我未 氣太志安倍牟可母
  13. 13斯か斯かかくくくばかりばかりばかり可久婆可里反歌
  14. 14戀こひ戀こひこいしくしくしくあらあらあらばばば古非之久安良婆
  15. 15まそまそまそ鏡かがみ鏡かがみかがみ末蘇可我美
  16. 16見み見みみぬぬぬ日ひ日ひひ時とき時ときときなくなくなく美奴比等吉奈久
  17. 17あらあらあらましましましものものものををを安良麻之母能乎

引用の仕方

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現代語訳

〔4220〕海の神が御櫛笥に大切に蓄えて置いて、あがめるという真珠にもまさって大事に思っていたわが子であるが、この世の道理として、ますらおに引かれるままに、(級離る)越路を目指して、(延ふ蔦の)別れて行ってから、(沖つ浪)たわむような眉の引き具合が、(大船の)ゆらゆらと、面影にしきりに見え続けて、こうして恋い慕っていたら、年老いていく私の身は、とても耐えられるだろうか。

〔4221〕これほど恋しいのならば、(まそ鏡)見ない日も時もなく、そばにいられたらよかったのに。

意訳

越中の家持のもとへ行った娘の大嬢を、都の母坂上郎女が恋い慕って贈った歌である。宝玉にもまさる大切な娘を嫁がせたのは世の常とはいえ、その眉の面影がしきりに浮かんで、年老いた身には耐えがたいと嘆く。

語釈・文法注

文法・本文

御櫛笥
「みくしげ」。櫛などを入れる箱。
貯ひ置きて
「たくはひおきて」。しまっておいて。
齋くとふ
「いつくといふ」。あがめるという。
引のまにまに
引かれるままに。
撓む眉引
「とをむまよびき」。たわむように引いた眉。
老づく
「おいづく」。年老いていく。
堪へむかも
「あへむかも」。耐えられるだろうか。

和歌

作者
大伴坂上郎女(生没年未詳)
大伴安麻呂の娘で、旅人の異母妹。家持の叔母で、のちに姑となった。大伴家の家刀自として一族の祭祀を担い、万葉集の女性歌人のうち最も多くの歌を残した。
出典
『万葉集』巻第十九・部立なし・4220〜4221番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
天平勝宝2年、大伴坂上郎女が都から越中の娘坂上大嬢に贈った歌。

修辞

比喩
娘を海神の宝珠にたとえる。
枕詞
「級離る」「延ふ蔦の」「沖つ浪」「大船の」「まそ鏡」。

解説

坂上郎女の歌はこれが万葉集に残る最後のものとされる。

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出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、692頁(コマ139)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、817頁(コマ172)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日