万葉集 巻第十九 4207〜4208番
此間にして 背向に見ゆる
天平勝宝2年4月22日、越中守大伴家持が、掾久米広縄にほととぎすのことで恨みを述べて贈った長歌と反歌。ここから背後に見えるあなたの家の谷では、朝は榛の枝に、夕べは藤の茂みに、ほととぎすが遠く鳴いている、わが家の橘が散る時期になっていないので来て鳴かないのは恨まないが、谷に寄り添って住むあなたが聞きながら知らせてくれないのはつらいと詠む長歌と、私がこれほど待っているのに来て鳴かないほととぎすを、ひとりで聞きながら知らせてくれないあなたよという歌。
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題詞二十二日、判官久米朝臣廣繩に贈れる霍公鳥の怨恨の歌一首并に短歌
- 1此間此間ここにににしししててて背向背向そがいににに見見みゆるゆるゆる此間爾之氐 曾我比爾所見長歌
- 2我我わががが兄子兄子せこががが垣内垣内かきつののの谿谿たにににに和我勢故我 垣都能谿爾
- 3明明あけけけささされれればばば榛榛はりののの小小さ枝枝えだににに安氣左禮婆 榛之狹枝爾
- 4夕夕ゆうささされれればばば藤藤ふじののの繁繁しげみみみににに暮左禮婆 藤之繁美爾
- 5はろばろはろばろはろばろににに鳴鳴なくくくほととぎすほととぎすほととぎす遙遙爾 鳴霍公鳥
- 6吾吾わががが屋戸屋戸やどののの殖殖うゑゑえ木木き橘橘たちばな吾屋戸能 殖木橘
- 7花花はなににに散散ちるるる時時ときををを未未まだしだしだしみみみ花爾知流 時乎麻多之美
- 8來來き鳴鳴なかかかなくなくなく其其そこははは怨怨うらみみみずずず伎奈加奈久 曾許波不怨
- 9然然しかれれれどもどもども谷谷たに片片かた就就づきききててて之可禮杼毛 谷可多頭伎氐
- 10家家いえ居居おれれれるるる君君きみががが聞聞ききききつつつつつつ告告つげげげなくなくなくももも憂憂うししし家居有 君之聞都都 追氣奈久毛宇之
- 11吾吾わががが幾許幾許ここだ吾幾許反歌
- 12待待まてててどどど來來き鳴鳴なかかかぬぬぬ麻氐騰來不鳴
- 13ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥
- 14獨獨ひとり聞聞ききききつつつつつつ比等里聞都追
- 15告告つげげげぬぬぬ君君きみかもかもかも不告君可母
現代語訳
〔4207〕ここから背後に見える、わが友の家の垣根の内の谷に、夜が明けると榛の小枝に、夕方になると藤の茂みに、遠く遥かに鳴くほととぎす。わが家の庭に植えた橘は、花が散る時期にまだなっていないので来て鳴かない――それは恨まない。けれども、谷に寄り添って住んでいるあなたが、聞いていながら知らせてくれないのはつらいことだ。
〔4208〕私がこれほど待っているのに来て鳴かないほととぎすの声を、ひとりで聞きながら、知らせてくれないあなたよ。
意訳
ほととぎすの声をひとり占めして知らせてくれない広縄を、戯れて恨んだ歌である。自分の庭に来ないのは仕方ないが、聞いていながら教えてくれないのは恨めしいと、親しい部下に冗談めかして訴える。
語釈・文法注
文法・本文
- 背向に
- 「そがひに」。背後の方に。
- 垣内
- 「かきつ」。垣根の内。
- 榛
- 「はり」。はんの木。
- 殖木
- 「うゑき」。植えた木。
- 未だしみ
- まだその時期でないので。
- 片就きて
- 「かたづきて」。寄り添って。
- 憂し
- つらい。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4207〜4208番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝2年4月22日、越中守大伴家持が、掾久米広縄に贈った歌。
修辞
- 対句
- 「明けされば榛の小枝に」と「夕されば藤の繁みに」。
- 諧謔
- 親しい部下を戯れて恨む。
解説
翌日、広縄がこれに答えた(4209・4210番)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、689頁(コマ137)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、813頁(コマ170)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日