万葉集 巻第十九 4189〜4191番
天離る 夷としあれば
天平勝宝2年4月9日、越中守大伴家持が、越前国掾大伴池主に鵜を贈ったときの長歌と反歌二首。鄙にいればどこも同じ心で、家を離れて年がたつと物思いがしきりなので、心を慰めようと、ほととぎすの初声を聞き橘を玉に通して遊ぶにつけても、ますらおを連れて叔羅川をさかのぼり、浅瀬には網を張り早瀬には鵜を潜らせて、月ごと日ごとにそのように遊びなさい、いとしいわが友よと詠む長歌と、叔羅川の瀬を探して鵜飼をしなさい、心の慰めにという歌、鵜飼をして捕らえる鮎の鰭は、私を思ってくれるなら私に向けて送ってくれという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞水烏を越前の判官大伴宿禰池主に贈れる歌一首并に短歌
- 1天天あま離離ざかるるる夷夷ひなとととしししあれあれあればばば天離 夷等之在者長歌
- 2彼所此間彼所此間そこここももも同同おなじじじ心心こころぞぞぞ彼所此間毛 同許己呂曾
- 3家家いえ離離ざかりりり年年としののの經經へぬれぬれぬればばば離家 等之乃經去者
- 4現身現身うつせみははは物念物念ものもい繁繁しげししし宇都勢美波 物念之氣思
- 5其故其故そこゆえににに情情こころ慰慰なぐさににに曾許由惠爾 情奈具左爾
- 6ほととぎすほととぎすほととぎす喧喧なくくく初初はつ聲聲こえををを霍公鳥 喧始音乎
- 7橘橘たちばなののの珠珠たまににに合合あへへえ貫貫ぬききき橘 珠爾安倍貫
- 8蘰蘰かずらきききててて遊遊あそばばばむむんはははしもしもしも可頭良伎氐 遊波之母
- 9丈夫丈夫ますらおををを伴伴ともへへえ立立たてててててて麻須良乎乎 等毛奈倍立而
- 10叔羅叔羅しくら河河がわなづさひなづさひなずさい泝泝のぼりりり叔羅河 奈津左比泝
- 11平平ひら瀨瀨せにににははは小網小網さで指指さししし渡渡わたししし平瀨爾波 左泥刺渡
- 12早早はや瀨瀨せにににははは水烏水烏うををを潛潛かずけけけつつつつつつ早湍爾波 水烏乎潛都追
- 13月月つきににに日日ひににに然然しかししし遊遊あそばばばねねね愛愛はしきしきしき我我わががが兄子兄子せこ月爾日爾 之可志安蘇波禰 波之伎和我勢故
- 14叔羅叔羅しくら河河がわ叔羅河反歌
- 15瀨瀨せををを尋尋たずねねねつつつつつつ湍乎尋都追
- 16我我わががが兄子兄子せこははは和我勢故波
- 17鵜河鵜河うかわ立立たたたたさささねねね宇河波多多佐禰
- 18情情こころ慰慰なぐさににに情奈具左爾
- 19鵜河鵜河うかわ立立たちちち鸕河立反歌
- 20取取とらさらさらさむむん鮎鮎あゆののの取左牟安由能
- 21其其しががが鰭鰭はたははは之我波多波
- 22吾吾われににに搔搔かききき向向むけけけ吾等爾可伎無氣
- 23念念おもひひいししし念念おもははわばばば念之念婆
現代語訳
〔4189〕(天離る)鄙であるので、そこもここも同じ心であるよ。家を離れて年がたったので、この世の身は物思いがしきりである。そこで心を慰めようと、ほととぎすの鳴く初声を、橘の実の玉と一緒に通し、髪飾りにして遊ぶにつけても、ますらおたちを連れ立たせて、叔羅川を水に浸りながらさかのぼり、浅瀬には小網を張り渡し、早瀬には鵜を潜らせて、月ごと日ごとに、そのようにして遊びなさい。いとしいわが友よ。
〔4190〕叔羅川の瀬を探しながら、わが友は鵜飼をなさい。心の慰めに。
〔4191〕鵜飼をして捕らえる鮎の、その鰭は私の方へ掻き向けてください。私のことを思ってくれるならば。
意訳
越前の池主に鵜を贈り、それで鵜飼をして心を慰めるようにと勧めた歌である。家を離れた鄙の暮らしの物思いはどこでも同じと同情し、叔羅川で鵜飼を楽しむよう勧める。反歌では、獲った鮎の鰭を自分にも分けてくれと戯れる。
語釈・文法注
文法・本文
- 彼所此間
- 「そこここ」。あちらもこちらも。
- 物念
- 「ものもひ」。物思い。
- 珠に合へ貫き
- 玉と一緒に通して。
- 伴へ立てて
- 連れ立たせて。
- 叔羅河
- 「しくらがは」。越前の川。今の日野川とされる。
- 小網
- 「さで」。すくい網。
- 水烏
- 「う」。鵜。
- 鰭
- 「はた」。魚のひれ。
- 搔き向け
- 掻き寄せて向けて。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4189〜4191番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝2年4月9日、越中守大伴家持が、越前国掾大伴池主に鵜を贈ったときの歌。
修辞
- 対句
- 「平瀨には小網指し渡し」と「早瀨には水烏を潛けつつ」。
解説
越中で飼っていた鵜を越前の池主に贈ったものと見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、686頁(コマ136)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、809頁(コマ168)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日