万葉集 巻第十九 4187〜4188番
念ふどち ますらをのこの
天平勝宝2年4月6日、越中守大伴家持が布勢の水海に遊覧して詠んだ長歌と反歌。親しい仲間のますらおたちが、木の下闇のような晴れない思いを晴らそうと、布勢の海に小舟を連ねて漕ぎめぐると、乎布の浦には霞がたなびき、垂姫の崎には藤の花が咲き、清らかな浜には白波が騒ぎ、恋しさはつのるが今日だけで飽き足りようか、このように毎年、春の花の盛りに、秋の紅葉の時に、通い続けてこの布勢の海を賞美しようと詠む長歌と、藤の花の盛りにこのように浦を漕ぎめぐりながら、毎年賞美しようという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞六日、布勢の水海に遊覽して作れる歌一首并に短歌
- 1念念おもふふうどちどちどち丈夫丈夫ますらおのこののの念度知 大夫能長歌
- 2木木こののの暗暗くれののの繁繁しげききき思思おもいををを許能久禮 繁思乎
- 3見見み明明あきらめらめらめ情情こころ遣遣やらららむむんととと見明良米 情也良牟等
- 4布勢布勢ふせののの海海うみににに小小お船船ぶね連連つら並並なめめめ布勢乃海爾 小船都良奈米
- 5眞眞ま櫂櫂かい懸懸かけけけいいい漕漕こぎぎぎ廻廻めぐれれればばば眞可伊可氣 伊許藝米具禮婆
- 6乎布乎布おうののの浦浦うらににに霞霞かすみたなびきたなびきたなびき乎布能浦爾 霞多奈妣伎
- 7垂姫垂姫たるひめににに藤浪藤浪ふじなみ咲咲さきききててて垂姬爾 藤浪咲而
- 8濱濱はま淨淨きよくくく白白しら浪浪なみ騷騷さわぎぎぎ濱淨久 白浪左和伎
- 9重重重重しくしくににに戀戀こいははは益益まされれれどどど及及爾 戀波末佐禮杼
- 10今日今日きょうのみのみのみににに飽飽あききき足足たらららめめめやもやもやも今日耳 飽足米夜母
- 11斯斯かくくくしししこそこそこそいやいやいや毎年毎年としのはににに如是己曾 彌年能波爾
- 12春春はる花花はなののの繁繁しげききき盛盛さかりににに春花之 繁盛爾
- 13秋秋あきののの葉葉はののの黃色黃色もみづるづるづる時時ときににに秋葉能 黃色時爾
- 14在在ありりり通通がよひひい見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばめめめこのこのこの布勢布勢ふせののの海海うみををを安里我欲比 見都追思努波米 此布勢能海乎
- 15藤浪藤浪ふじなみののの藤奈美能反歌
- 16花花はなののの盛盛さかりににに花盛爾
- 17斯斯かくくくしししこそこそこそ如此許曾
- 18浦浦うら漕漕こぎぎぎ廻廻たみみみつつつつつつ浦己藝廻都追
- 19年年としににに偲偲しぬばばばめめめ年爾之努波米
現代語訳
〔4187〕親しい仲間のますらおたちが、木の下闇のように晴れない思いを晴らし、心を慰めようと、布勢の海に小舟を連ね並べ、左右の櫂を掛けて漕ぎめぐると、乎布の浦には霞がたなびき、垂姫の崎には藤の花が咲いて、浜は清らかで白波が騒ぎ、しきりに恋しさはまさるけれども、今日だけで飽き足りることがあろうか。このようにして、ますます毎年、春の花の盛りに、秋の木の葉の色づく時に、通い続けて見ながら賞美しよう。この布勢の海を。
〔4188〕藤の花の盛りに、このようにして浦を漕ぎめぐりながら、毎年賞美しよう。
意訳
越中の官人たちと布勢の水海に遊んだ歌である。藤の花の咲く晩春の水海の美しさを讃え、毎年春秋に通ってこの海を賞美しようと願う。天平19年の「布勢水海に遊覧する賦」(3991番)を思わせる構成である。
語釈・文法注
文法・本文
- 念ふどち
- 親しい者どうし。
- 木の暗
- 「このくれ」。木の下闇。「繁き」にかかる。
- 見明らめ
- 見て心を晴らし。
- 連並め
- 「つらなめ」。連ね並べて。
- 眞櫂
- 「まかい」。左右の櫂。
- 乎布の浦
- 「をふのうら」。布勢の水海の浦。
- 垂姫
- 「たるひめ」。布勢の水海の崎。
- 重重に
- 「しくしくに」。しきりに。
- 黃色づる
- 「もみづる」。紅葉する。
- 漕ぎ廻み
- 「こぎたみ」。漕ぎめぐって。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4187〜4188番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝2年4月6日、越中守大伴家持が布勢の水海に遊覧して詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「乎布の浦に霞たなびき」と「垂姫に藤浪咲きて」、「春花の繁き盛に」と「秋の葉の黃色づる時に」。
解説
布勢の水海は今の氷見市にあった潟湖。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、685頁(コマ135)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、809頁(コマ168)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日