万葉集 巻第十九 4166〜4168番
毎時に いや珍らしく
天平勝宝2年3月20日、越中守大伴家持が、ほととぎすと季節の花を詠んだ長歌と反歌二首。季節ごとに珍しく草木の花が咲き鳥の声も変わるのを、見聞きするたびに心ひかれていたが、四月になると夜に鳴くほととぎすは、昔から語り継がれてきた鶯の子であろうか、菖蒲や花橘を玉に通す五月まで、昼は一日中山々を飛び越え、夜は夜通し月に向かって鳴き響かせるが、どうして飽きることがあろうと詠む長歌と、季節ごとに咲く花は折っても折らなくても見るのはよいという歌、毎年来て鳴くのにほととぎすの声を聞くと恋しい、逢わない日が多いのでという歌。
題詞霍公鳥并に時の花を詠める歌一首并に短歌
- 1毎時毎時ときごとにににいやいやいや珍珍めずらしくしくしく每時爾 伊夜目都良之久長歌
- 2八千種八千種やちくさににに草草くさ木木き花花はな咲咲さききき八千種爾 草木花左伎
- 3喧喧なくくく鳥鳥とりののの音音こえもももかはらふかはらふかわらう喧鳥乃 音毛更布
- 4耳耳みみににに聞聞きききき眼眼めににに視視みるるるごとごとごとににに耳爾聞 眼爾視其等爾
- 5うちうちうち嘆嘆なげききき萎萎しなえええうらぶれうらぶれうらぶれ宇知歎 之奈要宇良夫禮
- 6偲偲しぬびびびつつつつつつありありあり來來くるるる間間はしににに之努比都追 有爭波之爾
- 7木木こののの晩闇晩闇くれやみ四月四月うづきししし立立たてててばばば許能久禮罷 四月之立者
- 8夜夜よ隱隱ごもりりりににに鳴鳴なくくく霍公鳥霍公鳥ほととぎす欲其母理爾 鳴霍公鳥
- 9古昔古昔むかしよりよりより語語かたりりり繼繼つぎぎぎつるつるつる從古昔 可多理都藝都流
- 10鶯鶯うぐいすののの現現うつししし眞子眞子まこかもかもかも鶯之 宇都之眞子可母
- 11菖蒲菖蒲あやめぐさ花花はな橘橘たちばなををを菖蒲 花橘乎
- 12をとめをとめおとめ等等らががが珠珠たま貫貫ぬくくくまでまでまでににに媙嬬良我 珠貫麻泥爾
- 13あかねさすあかねさすあかねさす晝晝ひるはははしめらしめらしめらににに赤根刺 晝波之賣良爾
- 14あしひきあしひきあしひきののの八丘八丘やつお飛飛とびびび越越こえええ安之比奇乃 八丘飛超
- 15ぬばたまぬばたまぬばたまののの夜夜よるはははすがらすがらすがらににに夜干玉之 夜者須我良爾
- 16曉曉あかときののの月月つきににに向向むかひひいててて曉 月爾向而
- 17往往ゆききき還還かえりりり喧喧なききき響響とよむれむれむれどどどなどかなどかなどか飽飽あききき足足たらららむむん往還 喧等余牟禮杼 何如將飽足
- 18毎時毎時ときごとににに每時反歌
- 19いやいやいや珍珍めずらしくしくしく彌米頭良之久
- 20咲咲さくくく花花はなををを咲花乎
- 21折折おりりりももも折折おらららずずずももも折毛不折毛
- 22見見みらくらくらくししし好好よしししももも見良久之余志母
- 23毎年毎年としのはににに每年爾反歌
- 24來來き喧喧なくくくものものものゆゑゆゑゆえ來喧毛能由惠
- 25霍公鳥霍公鳥ほととぎす霍公鳥
- 26聞聞きけけけばばばしぬばくしぬばくしぬばく聞婆之努波久
- 27逢逢あははわぬぬぬ日日ひををを多多おおみみみ不相日乎於保美
現代語訳
〔4166〕季節ごとにいっそう珍しく、さまざまに草木の花が咲き、鳴く鳥の声も移り変わる。耳に聞き目に見るたびに、ため息をついて、しおれ沈み、心ひかれながら過ごしてきたところ、木の下闇の四月になると、夜の闇に隠れて鳴くほととぎすは、昔から語り継がれてきた鶯の本当の子であろうか。菖蒲草や花橘を乙女たちが玉に通す五月までも、(あかねさす)昼は一日中(あしひきの)峰々を飛び越え、(ぬばたまの)夜は夜通し、明け方の月に向かって、行ったり来たりして鳴き響かせるけれど、どうして聞き飽きることがあろうか。
〔4167〕季節ごとにいっそう珍しく咲く花を、折っても折らなくても、見るのはよいものだ。
〔4168〕毎年来て鳴くものなのに、ほととぎすの声を聞くと恋しく思われる。逢わない日が多いので。
意訳
ほととぎすの季節を前に、家持が前もって作った長歌である。季節ごとの花と鳥の移ろいに心を動かされてきたと述べ、ほととぎすを鶯が育てた子という伝承に触れながら、昼夜を問わず鳴き響く声をいつまでも聞き飽きないと讃える。
語釈・文法注
文法・本文
- 毎時に
- 「ときごとに」。季節ごとに。
- 八千種に
- さまざまに。
- かはらふ
- 移り変わる。
- 萎えうらぶれ
- しおれ沈んで。
- あり來る間に
- 過ごしてきたところに。白文は「有爭波之爾」。
- 木の晩闇
- 「このくれやみ」。木が茂って暗いこと。
- 夜隱り
- 夜の闇に隠れて。
- 鶯の現し眞子
- ほととぎすは鶯の巣に卵を産むので、鶯の子とされた。
- しめらに
- 一日中。
- 八丘
- 「やつを」。峰々。
- すがらに
- 夜通し。
- 見らくし
- 見ることが。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4166〜4168番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝2年3月20日、越中守大伴家持が、季節に先立って詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「耳に聞き」と「眼に視るごとに」、「晝はしめらに」と「夜はすがらに」。
解説
ほととぎすが鶯の巣に託卵することは、万葉集の高橋虫麻呂歌集の歌(1755番)にも詠まれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、681頁(コマ133)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、804頁(コマ166)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日