万葉集 巻第十九 4154〜4155番
あしひきの 山坂越えて
天平勝宝2年3月8日、越中守大伴家持が、白い大鷹を詠んだ長歌と反歌。山坂を越えて越に住んで年月が長くなり、大君の治める国はどこも同じとは思うものの、語り合い眺め合う人も少なく物思いが絶えないので、心を慰めようと秋には萩の咲く石瀬野に馬を走らせて鳥を追い立て、鈴の音を響かせて鷹を放ち、晴れない心をのばして喜びながら、妻屋の中に止まり木を作って据えて飼っている真白斑の鷹よと詠む長歌と、真っ白な鷹を家に据えて撫でながら飼うのは楽しいという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞八日、白き大鷹を詠める歌一首并に短歌
- 1あしひきあしひきあしひきののの山山やま坂坂さか越越こえええててて安志比奇能 山坂超而長歌
- 2去去ゆききき更更かわるるる年年としののの緒緒お長長ながくくく去更 年緒奈我久
- 3しなざかるしなざかるしなざかる越越こしにににししし住住すめめめばばば科坂在 故志爾之須米婆
- 4大王大王おおきみののの敷敷しきききますますます國國くにははは大王之 敷座國者
- 5都都みやこをををももも此間此間ここももも同同おやじじじととと京師乎母 此間毛於夜自等
- 6心心こころにににはははおもふおもふおもうものものものからからから心爾波 念毛能可良
- 7語語かたりりり放放さけけけ見見み放放さくるくるくる人人ひと眼眼め語左氣 見左久流人眼
- 8乏乏ともしみしみしみととと思思おもいししし繁繁しげししし乏等 於毛比志繁
- 9其其そこゆゑゆゑゆえににに情情こころ和和なぐぐぐやややととと曾己由惠爾 情奈具也等
- 10秋秋あきづけづけづけばばば萩萩はぎ咲咲さきききにほふにほふにおう秋附婆 芽子開爾保布
- 11石瀨野石瀨野いわせぬににに馬馬うまだきだきだき行行ゆきききててて石瀨野爾 馬太伎由吉氐
- 12遠近遠近おちこちににに鳥鳥とり踏踏ふみみみ立立たててて乎知許知爾 鳥布美立
- 13白塗白塗しらぬりののの小小お鈴鈴すずもももゆらゆらゆらににに白塗之 小鈴毛由良爾
- 14合合あわせせせ遣遣やりりりふりふりふり放放さけけけ見見みつつつつつつ安波勢也里 布里左氣見都追
- 15憤憤いきどおるるる心心こころののの中中うちををを伊伎騰保流 許己呂能宇知乎
- 16思思おもひひい伸伸のべべべ嬉嬉うれしびしびしびながらながらながら思延 宇禮之備奈我良
- 17枕枕まくら附附づくくく妻妻つま屋屋やのののうちうちうちににに枕附 都麻屋之內爾
- 18鳥座鳥座とぐら結結ゆひひいすゑすゑすえてててぞぞぞ我我わががが飼飼かふふう眞眞ま白斑白斑しらふののの鷹鷹たか鳥座由比 須惠弖曾我飼 眞白部乃多可
- 19矢形尾矢形尾やかたおののの矢形尾乃反歌
- 20眞眞ま白白しろののの鷹鷹たかををを麻之路能鷹乎
- 21屋戸屋戸やどににに据据すゑゑえ屋戸爾須惠
- 22搔搔かききき撫撫なででで見見みつつつつつつ可伎奈泥見都追
- 23飼飼かははわくしくしくし好好よしししももも飼久之余志毛
現代語訳
〔4154〕(あしひきの)山坂を越えて、移り変わる年月も長く、(しなざかる)越に住んでいるので、大君のお治めになる国は、都もここも同じだと、心では思うものの、語り合って心を晴らし、見交わして気を晴らす人も少ないので、物思いは絶えない。そのために心が和むかと、秋になると萩の咲き匂う石瀬野に、馬を駆って出かけて、あちらこちらで鳥を踏み立たせ、白く塗った小鈴の音もさやかに鷹を合わせて放ち、仰ぎ見ながら、晴れない心の中の思いをのばして、喜びながら、(枕附く)妻屋のうちに止まり木を作って、据えて私が飼っている、真白斑の鷹よ。
〔4155〕矢形尾の真っ白な鷹を、家に据えて、撫でながら見て飼うのは、楽しいことだ。
意訳
越中での単調な日々の慰めとして、愛鷹を飼い、秋の野で鷹狩をする楽しみを詠んだ長歌である。都と同じと思っても語り合う友の少ない寂しさを述べ、鷹を放って晴れない心を伸びやかにし、妻屋に止まり木を作って大切に飼っている白鷹への愛着を歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- 去き更る
- 「ゆきかはる」。移り変わる。
- 此間
- 「ここ」。この地。
- 乏しみと
- 少ないので。白文は「乏等」。
- 思し繁し
- 「おもひししげし」。物思いが絶えない。
- 馬だき行きて
- 馬を駆り立てて行って。
- 合せ遣り
- 鷹を獲物に向けて放って。
- 憤る
- 「いきどほる」。晴れない。
- 思ひ伸べ
- 思いをのばして。白文は「思延」。
- 枕附く
- 「妻屋」にかかる枕詞。
- 鳥座
- 「とぐら」。止まり木。
- 眞白斑
- 「ましらふ」。白いまだらの羽。
- 飼はくし
- 飼うことが。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十九・部立なし・4154〜4155番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝2年3月8日、越中守大伴家持が白い大鷹を詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「語り放け」と「見放くる人眼」。
- 枕詞
- 「あしひきの」「しなざかる」「枕附く」。
解説
家持は鷹狩を好み、逃げた鷹の大黒を詠んだ長歌(4011番)もある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、678頁(コマ132)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、801頁(コマ164)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日