万葉集 巻第十八 4128〜4131番
草枕 旅の翁と
天平勝宝元年11月12日、越前国掾大伴池主が、家持から針を贈られたことを戯れて、越中の家持に贈った歌四首。旅の老人と思って針をくださったが、縫う物がほしいという歌、針袋を取り上げて前に置いて裏返してみると、なんとまあ裏も継いであったという歌、針袋を腰に下げたまま里ごとに見せびらかして歩くけれども、誰も咎めないという歌、東の方へ、ふさわしく行こうと思うけれどもその手立てがないという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞越前國の掾大伴宿禰池主の來贈れる戲歌四首
- 1草草くさ枕枕まくら久佐麻久良4128
- 2旅旅たびののの翁翁おきなととと多比能於伎奈等
- 3思思おもほほおしししててて於母保之天
- 4針針はりぞぞぞ賜賜たまへへえるるる波里曾多麻敝流
- 5縫縫ぬははわむむん物物ものもがもがもが奴波牟物能毛賀
- 6針針はり袋袋ぶくろ芳理夫久路4129
- 7取取とりりりあげあげあげ前前まえににに等利安宜麻敝爾
- 8置置おきききかへさへかへさへかえさえばばば於吉可邊佐倍波
- 9おのおのおのともともともおのおのおのややや於能等母於能夜
- 10裏裏うらももも繼繼つぎぎぎたりたりたり宇良毛都藝多利
- 11はりはりはり袋袋ぶくろ波利夫久路4130
- 12帶帶おびびび續續つづけけけながらながらながら應婢都都氣奈我良
- 13里里さとごとごとごとににに佐刀其等邇
- 14てらさひてらさひてらさい歩歩あるけけけどどど天良佐比安流氣騰
- 15人人ひとももも咎咎とがめめめずずず比等毛登賀米授
- 16とりとりとりががが鳴鳴なくくく等里我奈久4131
- 17東東あずまををを指指さしししててて安豆麻乎佐之天
- 18ふさへふさへふさえしししににに布佐倍之爾
- 19行行ゆかかかむむんとととおもへおもへおもえどどど由可牟登於毛倍騰
- 20由由よしももも實實さねなしなしなし與之母佐禰奈之
現代語訳
〔4128〕(草枕)旅の老人とお思いになって、針をくださった。縫う物があればよいのに。
〔4129〕針袋を取り上げて、前に置いて裏返してみると、なんとまあ、裏まで継ぎがしてあった。
〔4130〕針袋を腰に下げ続けて、里ごとに見せびらかして歩くけれども、誰も咎めない。
〔4131〕(とりが鳴く)東の方を目指して、ふさわしく行こうと思うけれども、その手立てもまったくない。
意訳
越中の家持から針と針袋を贈られた越前の池主が、漢文の書簡に戯れの訴状を添えて、お礼かたがた冗談の歌を贈ったものである。旅の老人扱いされたと興じ、縫う物もないと言い、袋を裏返すと継ぎがあったと茶化し、見せびらかして歩いても誰も咎めないと笑う。家持の返歌は伝わらない。
語釈・文法注
文法・本文
- 縫はむ物もが
- 縫う物があればよいのに。
- 置きかへさへば
- 置いて裏返してみると。
- おのともおのや
- なんとまあ。驚きを表す語か。
- てらさひ
- 見せびらかすこと。
- ふさへしに
- ふさわしく。意味に諸説ある。
- 由も實なし
- 「よしもさねなし」。手立てもまったくない。
和歌
- 作者
- 大伴池主(生没年未詳(八世紀中頃))
越中掾として国守の大伴家持に仕え、漢文の書簡と歌をさかんに贈り交わした。のち越前掾。天平宝字元年(757)の橘奈良麻呂の変にかかわり、その後の消息は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4128〜4131番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平勝宝元年11月12日、越前国掾大伴池主が、越中守大伴家持に贈った戯れの歌。
修辞
- 諧謔
- 贈り物の針袋を題材に、戯れて詠む。
解説
この年の7月に天平勝宝と改元された。池主と家持の親しい交わりがうかがえる贈答である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、665頁(コマ125)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、786頁(コマ157)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日