万葉集 巻第十八 4125〜4127番
天照す 神の御代より
天平感宝元年7月7日、大伴家持が天の川を仰ぎ見て詠んだ七夕の長歌と反歌二首。天照らす神の御代から、天の安の河を隔てて向かい合い、袖を振り交わして命がけで嘆いている二人は、渡し守が船も用意せず、橋さえ渡してあれば、その上を渡って手を取り合い、思うことを語り合って慰められようものを、どうして秋でなければ言葉を交わすこともできないのか、この世の人である私も、そのことをふしぎに思って、年ごとに天の原を仰ぎ見ながら語り継いでいると詠む長歌と、天の川に橋を渡したならば秋でなくても渡って行かれようにという歌、安の河に向かい立って一年の恋に待ちわびた二人の、妻問いの夜であるぞという歌。
題詞七夕の歌一首并に短歌
- 1天照天照あまてらすすす神神かみののの御御み代代よよりよりより安麻泥良須 可未能御代欲里長歌
- 2安安やすののの河河かわ中中なかににに隔隔へだてててててて夜洲能河波 奈加爾敝太弖々
- 3向向むかひひい立立たちちち袖袖そで振振ふりりり交交かわししし牟可比太知 蘇泥布利可波之
- 4生生いきののの緒緒おににに歎歎なげかかかすすす子子こららら伊吉能乎爾 奈氣加須古良
- 5渡守渡守わたりもり船船ふねももも設設もうけけけずずず和多理母理 布禰毛麻宇氣受
- 6橋橋はしだにだにだにももも渡渡わたしししてててあらあらあらばばば波之太爾母 和多之氏安良波
- 7そのそのその上上へゆゆゆもももいいい行行ゆききき渡渡わたらしらしらし曾能倍由母 伊由伎和多良之
- 8携携たずさはりはりわりうながけりうながけりうながけり居居いててて多豆佐波利 宇奈我既利爲氏
- 9思思おもほほおしきしきしきことことことももも語語かたらひらひらい於母保之吉 許登母加多良比
- 10慰慰なぐさむるむるむる心心こころはははあらあらあらむむんををを奈具左牟流 許己呂波安良牟乎
- 11何何なにしかしかしかももも秋秋あきにににしししあらあらあらねねねばばば奈爾之可母 安吉爾之安良禰波
- 12言問言問ことといのののともしきともしきともしき子子こららら許等騰比能 等毛之伎古良
- 13現身現身うつせみののの世世よののの人人ひと我我われももも宇都世美能 代人和禮母
- 14此處此處ここをををしししもももあやあやあやにににくすしみくすしみくすしみ許己乎之母 安夜爾久須之彌
- 15往往ゆききき更更かわるるる毎年毎年としのはごとごとごとににに往更 年能波其登爾
- 16天天あまののの原原はらふりふりふり放放さけけけ見見みつつつつつつ言言いひひい繼繼つぎぎぎにににすれすれすれ安麻能波良 布里左氣見都追 伊比都藝爾須禮
- 17天天あまののの河河がわ安麻能我波反歌
- 18橋橋はし渡渡わたせせせらららばばば々志和多世良波
- 19其其そののの上上へゆゆゆももも曾能倍由母
- 20いいい渡渡わたらさらさらさむむんををを伊和多良佐牟乎
- 21秋秋あきにににあらあらあらずずずともともとも安吉爾安良受得物
- 22安安やすののの河河かわ夜須能河波反歌
- 23こここ向向むかひひい立立たちちちててて許牟可比太知弖
- 24年年としののの戀戀こい等之能古非
- 25日日け長長ながききき子子こらららががが氣奈我伎古良河
- 26妻妻つま問問どいののの夜夜よぞぞぞ都麻度比能欲曾
現代語訳
〔4125〕天照らす神の御代から、天の安の河を中に隔てて、向かい合って立ち、袖を振り交わし、命をかけて嘆いておられる二人は、渡し守が船も用意せず、せめて橋だけでも渡してあったなら、その上を通って行き渡り、手を取り合い、肩を寄せ合っていて、思っていることも語り合い、心の慰められることもあろうに、どうして秋でなければ、言葉を交わすことも乏しい二人なのか。この世の人である私も、このことをなんとも不思議に思い、移り変わる年ごとに、天の原を仰ぎ見ながら、語り継いでいるのだ。
〔4126〕天の川に橋を渡したならば、その上を通って渡って行かれように。秋でなくても。
〔4127〕安の河に向かい合って立って、一年の恋に長い日々を過ごしてきた二人の、妻問いの夜であるぞ。
意訳
七夕の夜に天の川を仰いで、年に一度しか逢えない牽牛と織女を思いやった長歌である。神代から天の川を隔てて嘆き続ける二人に、橋さえあれば秋でなくても逢えるのにと同情し、地上の人である自分も、毎年このことを不思議に思って語り継いでいると詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 安の河
- 「やすのかは」。天上の川。天の川。
- 生の緒に
- 「いきのをに」。命がけで。
- 渡守
- 「わたりもり」。渡し守。
- うながけり
- 互いに首に手をかけ合って。
- 言問
- 「こととひ」。言葉を交わすこと。
- ともしき
- 乏しい、まれな。
- くすしみ
- 不思議に思って。
- 毎年
- 「としのは」。毎年。
- 日長き
- 「けながき」。日数の長い。
- 妻問
- 「つまどひ」。妻のもとに通うこと。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4125〜4127番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平感宝元年7月7日、越中守大伴家持が天の川を仰いで詠んだ七夕の歌。
修辞
- 想像
- 橋があれば逢えるのにと、牽牛と織女の身になって詠む。
解説
七夕の伝説は中国から伝わり、万葉集には多くの七夕歌がある(巻十など)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、664頁(コマ125)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、784頁(コマ156)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日