万葉集 巻第十八 4113〜4115番
大君の 遠の朝廷と
天平感宝元年閏5月26日、越中守大伴家持が、庭の花を見て詠んだ長歌と反歌二首。大君の任命のままに越に下って来て五年、妻の手枕もせず独り寝をしているので、気を晴らそうと庭になでしこを蒔き、夏の野の百合を植えて、咲く花を見るたびに、なでしこのような花妻に、百合の名のように後に逢おうと心を慰める、そうでなければ鄙に一日もいられようかと詠む長歌と、なでしこの花を見るたびに乙女の笑顔が思われるという歌、後に逢おうと心ひそかに思わなければ今日一日も過ごせようかという歌。
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題詞庭中の花を見て作れる歌一首并に短歌
- 1大君大君おおきみののの遠遠とおののの朝廷朝廷みかどととと於保支見能 等保能美可等々長歌
- 2任任まききき給給たまふふう官官つかさのののまにままにままにま末支太末不 官乃末爾末
- 3みみみ雪雪ゆき降降ふるるる越越こしににに下下くだりりり來來き美由支布流 古之爾久太利來
- 4あらたまあらたまあらたまののの年年としののの五年五年いつとせ安良多末能 等之能五年
- 5敷妙敷妙しきたえののの手手た枕枕まくら纏纏まかかかずずず之吉多倍乃 手枕末可受
- 6紐紐ひも解解とかかかずずず獨寢獨寢まろねをををすれすれすればばば比毛等可須 末呂宿乎須禮波
- 7鬱悒鬱悒いぶせみみみととと情情こころ慰慰なぐさににに移夫勢美等 情奈具左爾
- 8なでしこなでしこなでしこををを屋戸屋戸やどににに蒔蒔まききき生生おおししし奈泥之故乎 屋戸爾末枳於保之
- 9夏夏なつののの野野ののののさささ百合百合ゆり引引ひききき植植うゑゑえててて夏能能之 佐由利比伎宇惠天
- 10咲咲さくくく花花はなををを出出いででで見見みるるる毎毎ごとににに開花乎 移低見流其等爾
- 11なでしこなでしこなでしこががが其其そののの花花はな妻妻づまににに那泥之古我 曾乃波奈豆末爾
- 12さささ百合百合ゆり花花ばな後後ゆりももも逢逢あははわむむんととと左由理花 由利母安波無等
- 13慰慰なぐさむるむるむる心心こころししし無無なくくくばばば奈具佐無流 許己呂之奈久波
- 14天天あまざかるざかるざかる鄙鄙ひなににに一日一日ひとひももも在在あるるるべくべくべくもももあれあれあれややや安麻射可流 比奈爾一日毛 安流部久母安禮也
- 15なでしこなでしこなでしこががが奈泥之故我反歌
- 16花花はな見見みるるる毎毎ごとににに花見流其等爾
- 17をとめをとめおとめ等等らががが乎登女良我
- 18ゑまひゑまひえまいのののにほひにほひにおい惠末比能爾保比
- 19思思おもほほおゆるゆるゆるかもかもかも於母保由流可母
- 20さささ百合百合ゆり花花ばな佐由利花反歌
- 21後後ゆりももも逢逢あははわむむんととと由利母相等
- 22下下した延延はふるふるうる之多波布流
- 23心心こころしししなくなくなくばばば許己呂之奈久波
- 24今日今日きょうももも經經へめめめやもやもやも今日母倍米夜母
現代語訳
〔4113〕大君の遠い政庁として任命された官職のままに、雪の降る越に下って来て、(あらたまの)年も五年、(敷妙の)妻の手枕もせず、紐も解かずに独り寝をしているので、心が晴れないと、心の慰めに、なでしこを庭に蒔いて育て、夏の野の百合を引いて植えて、咲く花を出て見るたびに、なでしこのような花妻に、百合の名のように後にもまた逢おうと、心を慰めることがなかったならば、(天ざかる)鄙に一日もいられようか。
〔4114〕なでしこの花を見るたびに、乙女の笑顔の美しさが思われることだ。
〔4115〕百合の名のように後にも逢おうと、心ひそかに思うことがなかったならば、今日一日も過ごせようか。
意訳
越中に赴任して足かけ五年、奈良の妻を思い続ける家持が、庭に植えたなでしこと百合に寄せて妻への思いを詠んだ長歌である。なでしこを花妻に見立て、百合(ゆり)の音に「後(ゆり)」を掛けて、いつか再会できるという望みで鄙の暮らしを耐えていると歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- 任き給ふ
- 「まきたまふ」。任命なさる。
- 五年
- 「いつとせ」。足かけ五年。
- 獨寢
- 「まろね」。独り寝。
- 鬱悒み
- 「いぶせみ」。心が晴れないので。
- 蒔き生し
- 「まきおほし」。蒔いて育てて。
- 花妻
- 「はなづま」。花のように美しい妻。
- 後
- 「ゆり」。後に。百合の「ゆり」を掛ける。
- ゑまひのにほひ
- 笑顔の美しさ。
- 下延ふる
- 「したはふる」。心ひそかに思い続ける。
- 經めやも
- 「へめやも」。過ごせようか。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4113〜4115番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平感宝元年閏5月26日、越中守大伴家持が、庭の花を見て妻を思って詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「さ百合花」の「ゆり」と「後(ゆり)」。
- 比喩
- なでしこを花妻にたとえる。
解説
家持は天平18年に越中守に任じられ、この時で足かけ四年目にあたるが、歌では「年の五年」と詠む。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、661頁(コマ123)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、780頁(コマ154)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日