万葉集 巻第十八 4110番
左夫流兒が いつきし殿に
天平感宝元年5月17日、尾張少咋の都の妻が、夫からの迎えの使いを待たずに自ら越中へやって来たときに、大伴家持が詠んだ歌。左夫流児が大事に仕えていた屋敷に、鈴も掛けない早馬が下って来た、里中が鳴り響くほどにという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞先の妻、夫君の喚使を待たず、自ら來りし時作れる歌一首
現代語訳
左夫流児が大事に仕えていた屋敷に、駅鈴も掛けない早馬が下って来た。里中が鳴り響くほどに。
意訳
家持が戒めた尾張少咋のもとへ、都の妻が迎えも待たずに自ら乗り込んで来た騒ぎを、ユーモラスに詠んだ歌である。公用の早馬なら駅鈴を掛けるが、鈴もない早馬が里中を騒がせてやって来たと、妻の剣幕を描く。
語釈・文法注
文法・本文
- いつきし殿
- 大事に仕えていた屋敷。少咋の家。
- 鈴掛けぬ早馬
- 駅鈴を掛けない早馬。公用でない私的な早馬。
- 里もとどろに
- 里中が鳴り響くほどに。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4110番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平感宝元年5月17日、尾張少咋の妻が都から自ら来たときに、越中守大伴家持が詠んだ歌。
修辞
- 諧謔
- 公用の早馬に見立てて、妻の勢いを滑稽に描く。
解説
4106〜4109番の教え諭す歌の後日談である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、660頁(コマ123)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、779頁(コマ153)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日