万葉集 巻第十八 4101〜4105番
珠洲の海人の 沖つ御神に
天平感宝元年5月14日、大伴家持が奈良の妻に贈るために真珠を願って詠んだ長歌と短歌四首。珠洲の海人が沖の神の島に渡って潜って採るという鰒の真珠が五百個もほしい、別れてから夜床を片方空けて寝乱れた髪も梳かずに月日を数えて嘆いているだろう妻の心を慰めるように、五月の菖蒲や花橘と一緒に通して髪飾りにせよと包んで送ろうと詠む長歌と、白玉を包んで送ったら菖蒲や花橘と合わせて通すだろうという歌など短歌四首。
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題詞京の家に贈らむ爲に、眞珠を願ふ歌一首并に短歌
- 1珠洲珠洲すすののの海人海人あまののの沖沖おきつつつ御御み神神かみににに珠洲乃安麻能 於伎都美可未爾長歌
- 2いいい渡渡わたりりりててて潛潛かずききき採採とるるるととと云云いふふう伊和多利弖 可都伎等流登伊布
- 3鰒珠鰒珠あわびだま五百箇五百箇いおちもがもがもがももも安波妣多麻 伊保知毛我母
- 4愛愛はしきしきしきよしよしよし妻妻つまののの命命みことののの波之吉餘之 都麻乃美許登能
- 5衣衣ころも手手でののの別別わかれれれししし時時ときよよよ許呂毛泥乃 和可禮之等吉欲
- 6ぬばたまぬばたまぬばたまののの夜夜よ床床どこ片片かたさりさりさり奴婆玉乃 夜床加多左里
- 7朝朝あさ寢寢ね髮髮がみ搔搔かきききももも梳梳けずらららずずず安佐禰我美 可伎母氣頭良受
- 8出出いでででててて來來こししし月月つき日日ひ數數よみみみつつつつつつ伊泥氏許之 月日余美都追
- 9歎歎なげくくくらむらむらん心心こころ慰慰なぐさよよよ奈氣久良牟 心奈具佐余
- 10ほととぎすほととぎすほととぎす來來き鳴鳴なくくく五月五月さつきののの保登等藝須 伎奈久五月能
- 11菖蒲草菖蒲草あやめぐさ花花はな橘橘たちばなににに安夜女具佐 波奈多知波奈爾
- 12貫貫ぬききき交交まじへへえ蘰蘰かずらにににせせせよよよととと包包つつみみみててて遣遣やらららむむん奴吉麻自倍 可頭良爾世餘等 都追美氏夜良牟
- 13白白しら玉玉たまををを白玉乎短歌
- 14包包つつみみみててて遣遣やらららばばば都々美氏夜良婆
- 15菖蒲草菖蒲草あやめぐさ安夜女具佐
- 16花花はな橘橘たちばなににに波奈多知婆奈爾
- 17合合あへへえももも貫貫ぬくくくがねがねがね安倍母奴久我禰
- 18沖沖おきつつつ島島しま於伎都之麻短歌
- 19いいい行行ゆききき渡渡わたりりりててて伊由伎和多里弖
- 20潛潛かずくくくちふちふちょう可豆久知布
- 21鰒珠鰒珠あわびだまもがもがもが安波妣多麻母我
- 22包包つつみみみててて遣遣やらららむむん都々美弖夜良牟
- 23吾妹子吾妹子わぎもこががが和伎母故我短歌
- 24心心こころ慰慰なぐさににに許己呂奈具佐爾
- 25遣遣やらららむむんためためため夜良無多米
- 26沖沖おきつつつ島島しまなるなるなる於伎都之麻奈流
- 27白白しら玉玉たまもがもがもがももも之良多麻母我毛
- 28白白しら玉玉たまののの思良多麻能短歌
- 29五百箇五百箇いおつ集集つどいををを伊保都都度比乎
- 30手手てににに結結むすびびび手爾牟須妣
- 31遣遣おこせせせむむん海人海人あまははは於許世牟安麻波
- 32むかしくむかしくむかしくもももあるあるあるかかか牟賀思久母安流香
現代語訳
〔4101〕珠洲の海人が、沖の神の島に渡って、潜って採るという鰒の真珠が、五百個もあればよい。いとしい妻が、袖を分かって別れた時から、(ぬばたまの)夜の床の片方を空けて、朝の寝乱れ髪も梳かずに、私が出て来てからの月日を数えながら嘆いているだろう、その心の慰めに、ほととぎすの来て鳴く五月の菖蒲草や花橘と混ぜて通して、髪飾りにせよと、包んで送ろう。
〔4102〕白玉を包んで送ったならば、菖蒲草や花橘と一緒に通すだろうから。
〔4103〕沖の島に渡って潜って採るという鰒の真珠がほしい。包んで送ろう。
〔4104〕妻の心の慰めに送るために、沖の島にある白玉がほしい。
〔4105〕白玉の五百個の集まりを手に結んで、送ってくれる海人がいたら、なんとうれしいことだろう。
意訳
越中に赴任して三年近く、奈良に残した妻坂上大嬢を思って、能登の珠洲の海で採れる真珠を贈りたいと詠んだ歌である。別れてから寝床を片方空け、髪も梳かずに嘆いているだろう妻の姿を思いやり、五月の節句の菖蒲や花橘とともに真珠を通して髪飾りにしてほしいと願う。
語釈・文法注
文法・本文
- 沖つ御神
- 沖の神のいる島。能登の舳倉島とされる。
- 鰒珠
- 「あはびだま」。鰒(あわび)から採れる真珠。
- 五百箇
- 「いほち」。五百個、たくさん。
- 夜床片さり
- 夜の床の片側を空けて。
- 梳らず
- 「けづらず」。梳かさず。
- 心慰よ
- 「こころなぐさよ」。心の慰めに。
- 合へも貫くがね
- 一緒に通すだろうから。
- ちふ
- 「といふ」の約。
- むかしくもあるか
- うれしいことだろう。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4101〜4105番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平感宝元年5月14日、越中守大伴家持が、奈良の妻に真珠を贈りたいと詠んだ歌。
修辞
- 想像
- 妻の嘆く姿を思い描いて叙述する。
解説
珠洲は能登半島の先端で、沖の舳倉島は古くから海女の漁場として知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、657頁(コマ121)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、776頁(コマ152)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日