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万葉集 巻第十八 4094〜4097番

葦原の 瑞穂の國を

大伴家持(おおとものやかもち)

天平感宝元年5月12日、陸奥国から金が産出したことを喜ぶ聖武天皇の詔書を受けて、越中守大伴家持が詠んだ長歌と反歌三首。大仏造立のための金に苦心していた天皇のもとに、陸奥の小田の山から金が出たとの報せが届き、天皇は神々と祖先の霊の助けと喜んで、臣下や民をいたわる詔を下した。大伴氏は遠い祖先から「海行かば水漬く屍、山行かば草生す屍、大君の辺にこそ死なめ」と誓って仕えてきた家柄であり、天皇の御門を守るのは我らをおいてないと、詔書の言葉をありがたく思うと詠む長歌と、ますらおの心が思われるという歌、大伴の遠い祖先の墓所にははっきり標を立てよという歌、天皇の御代が栄えようとして、陸奥の山に金の花が咲いたという歌。

陸奥の山に金が輝き、都では大仏の造立が進む

題詞陸奧國より金を出せる詔書を賀ぐ歌一首并に短歌

  1. 1葦あし葦あしあし原はら原はらはらののの瑞みづ瑞みづみず穗ほ穗ほほののの國くに國くにくにををを葦原能 美豆保國乎長歌
  2. 2天あま天あまあま降くだ降くだくだりりりしらしめししらしめししらしめしけるけるける安麻久太利 之良志賣之家流
  3. 3天皇すめろき天皇すめろきすめろきののの神かみ神かみかみののの命みこと命みことみことののの須賣呂伎能 神乃美許等能
  4. 4御み御みみ代よ代よよ重かさ重かさかさねねね天あま天あまあまののの日嗣ひつぎ日嗣ひつぎひつぎととと御代可佐禰 天乃日嗣等
  5. 5しらししらししらし來く來くくるるる君きみ君きみきみののの御み御みみ代よ代よよ御み御みみ代よ代よよ之良志久流 伎美能御代御代
  6. 6敷し敷ししきききませませませるるる四方よも四方よもよもののの國くに國くにくににににははは之伎麻世流 四方國爾波
  7. 7山やま山やまやま河かは河かはかわををを廣ひろ廣ひろひろみみみ淳あつ淳あつあつみみみととと山河乎 比呂美安都美等
  8. 8奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる御調みつぎ御調みつぎみつぎ寶たから寶たからたからははは多弖麻都流 御調寶波
  9. 9數かぞ數かぞかぞへへえ得え得ええずずず盡つく盡つくつくしししももも兼か兼かかねねねつつつ可蘇倍衣受 都久之毛可禰都
  10. 10然しか然しかしかれれれどもどもども吾わご吾わごわご大王おほきみ大王おほきみおおきみののの之加禮騰母 吾大王能
  11. 11諸もろ諸もろもろ人びと人びとびとををを誘いざな誘いざないざなひひい給たま給たまたまひひい毛呂比登乎 伊射奈比多麻比
  12. 12善よ善よよききき事こと事ことことををを始はじ始はじはじめめめ給たま給たまたまひひいててて善事乎 波自米多麻比弖
  13. 13金くがね金くがねくがねかもかもかも樂たの樂たのたのしけくしけくしけくあらあらあらむむんととと久我禰可毛 多能之氣久安良牟登
  14. 14思おも思おもおもほほおしししててて下した下したした惱なや惱なやなやますますますににに於母保之弖 之多奈夜麻須爾
  15. 15鷄とり鷄とりとりががが鳴な鳴ななくくく東あづま東あづまあずまののの國くに國くにくにののの鷄鳴 東國能
  16. 16陸奧みちのく陸奧みちのくみちのくののの小田をだ小田をだおだなるなるなる山やま山やまやまににに美知能久乃 小田在山爾
  17. 17金くがね金くがねくがねありありありととと奏まう奏まうもうししし賜たま賜たまたまへへえれれれ金有等 麻宇之多麻敝禮
  18. 18御み御みみ心こころ心こころこころををを明あき明あきあきらめらめらめ給たま給たまたまひひい御心乎 安吉良米多麻比
  19. 19天地あめつち天地あめつちあめつちののの神かみ神かみかみ相あひ相あひあい納受うづな納受うづなうずなひひい天地乃 神安比宇豆奈比
  20. 20皇御祖すめろき皇御祖すめろきすめろきののの御靈みたま御靈みたまみたま助たす助たすたすけけけててて皇御祖乃 御靈多須氣弖
  21. 21遠とほ遠とほとおききき代よ代よよにににかかりかかりかかりししし事こと事ことことををを遠代爾 可可里之許登乎
  22. 22朕あ朕ああががが御み御みみ世よ世よよににに顯あらは顯あらはあらわしししてててあれあれあればばば朕御世爾 安良波之弖安禮婆
  23. 23食國をすくに食國をすくにおすくにははは榮さか榮さかさかえええむむんものものものととと食國波 左可延牟物能等
  24. 24神かむ神かむかむながらながらながら思おも思おもおもほほおししし召め召めめしししててて可牟奈我良 於毛保之賣之弖
  25. 25もののふもののふもののふののの八十やそ八十やそやそ伴とも伴ともともののの雄を雄をおををを毛能乃布能 八十伴雄乎
  26. 26まつろへまつろへまつろえのののむけむけむけのののまにまにまにまにまにまに麻都呂倍乃 牟氣乃麻爾麻爾
  27. 27老人おいびと老人おいびとおいびとももも女童兒をみなわらは女童兒をみなわらはおみなわらわももも老人毛 女童兒毛
  28. 28其し其ししががが願ねが願ねがねがふふう心こころ心こころこころ足だら足だらだらひひいににに之我願 心太良比爾
  29. 29撫な撫ななででで給たま給たまたまひひい治をさ治をさおさめめめ給たま給たまたまへへえばばば撫賜 治賜婆
  30. 30此ここ此ここここをををしししもももあやあやあやににに貴たふと貴たふととうとみみみ許己乎之母 安夜爾多敷刀美
  31. 31嬉うれ嬉うれうれしけくしけくしけく愈いよよ愈いよよいよよ思おも思おもおもひひいててて宇禮之家久 伊余與於母比弖
  32. 32大伴おほとも大伴おほともおおともののの遠とほ遠とほとおつつつ神祖かむおや神祖かむおやかむおやののの大伴能 遠都神祖乃
  33. 33其そ其そそののの名な名ななをををばばば大來目主おほくめぬし大來目主おほくめぬしおおくめぬしととと其名乎婆 大來目主登
  34. 34負お負おおひひい持も持ももちちちててて仕つか仕つかつかへへえししし官つかさ官つかさつかさ於比母知弖 都加倍之官
  35. 35海うみ海うみうみ行ゆ行ゆゆかかかばばば水み水みみ漬づ漬づずくくく屍かばね屍かばねかばね海行者 美都久屍
  36. 36山やま山やまやま行ゆ行ゆゆかかかばばば草くさ草くさくさ生む生むむすすす屍かばね屍かばねかばね山行者 草牟須屍
  37. 37大皇おほきみ大皇おほきみおおきみののの邊へ邊へへにににこそこそこそ死し死ししなななめめめ大皇乃 敝爾許曾死米
  38. 38顧かへり顧かへりかえりみみみははは爲せ爲せせじじじととと言立ことだて言立ことだてことだて可敝里見波 勢自等許等大弖
  39. 39丈夫ますらを丈夫ますらをますらおののの淸きよ淸きよきよききき彼そ彼そそののの名な名ななををを大夫乃 伎欲吉彼名乎
  40. 40古いにしへ古いにしへいにしえよよよ今いま今いまいまののの現をつつ現をつつおつつににに伊爾之敝欲 伊麻乃乎追通爾
  41. 41流なが流ながながさへさへさえるるる祖おや祖おやおやののの子等こども子等こどもこどもぞぞぞ奈我佐敝流 於夜能子等毛曾
  42. 42大伴おほとも大伴おほともおおともととと佐伯さへき佐伯さへきさえきののの氏うぢ氏うぢうじははは大伴等 佐伯氏者
  43. 43人ひと人ひとひとののの祖おや祖おやおやののの立た立たたつるつるつる言立ことだて言立ことだてことだて人祖乃 立流辭立
  44. 44人ひと人ひとひとののの子こ子ここははは祖おや祖おやおやののの名な名なな絶た絶たたたたたずずず人子者 祖名不絶
  45. 45大君おほきみ大君おほきみおおきみににに奉仕まつろ奉仕まつろまつろふふうものものものととと大君爾 麻都呂布物能等
  46. 46言い言いいひひい繼つ繼つつげげげるるる言こと言ことことののの職つかさ職つかさつかさぞぞぞ伊比都雅流 許等能都可佐曾
  47. 47梓あづさ梓あづさあずさ弓ゆみ弓ゆみゆみ手て手ててににに取と取ととりりり持も持ももちちちててて梓弓 手爾等里母知弖
  48. 48劍つるぎ劍つるぎつるぎ大刀たち大刀たちたち腰こし腰こしこしににに取と取ととりりり佩は佩ははききき劍大刀 許之爾等里波伎
  49. 49朝あさ朝あさあさ守まも守まもまもりりり夕ゆふ夕ゆふゆうののの守まも守まもまもりりりににに安佐麻毛利 由布能麻毛利爾
  50. 50大王おほきみ大王おほきみおおきみののの御門みかど御門みかどみかどののの守護まもり守護まもりまもり大王能 三門乃麻毛利
  51. 51我われ我われわれをををおきおきおきてててまたまたまた人ひと人ひとひとはははあらあらあらじじじととと和禮乎於吉弖 且比等波安良自等
  52. 52彌いや彌いやいや立た立たたててて思おも思おもおもひひいししし增まさ增まさまさるるる伊夜多弖 於毛比之麻左流
  53. 53大皇おほきみ大皇おほきみおおきみののの御言みこと御言みことみことののの幸さき幸さきさきののの聞き聞ききけけけばばば貴たふと貴たふととうとみみみ大皇乃 御言能左吉乃 聞者貴美
  54. 54丈夫ますらを丈夫ますらをますらおののの大夫能反歌
  55. 55心こころ心こころこころ思おも思おもおもほほおゆゆゆ許己呂於毛保由
  56. 56大君おほきみ大君おほきみおおきみののの於保伎美能
  57. 57御言みこと御言みことみことののの幸さき幸さきさきををを美許登能佐吉乎
  58. 58聞き聞ききけけけばばば貴たふと貴たふととうとみみみ聞者多布刀美
  59. 59大伴おほとも大伴おほともおおともののの大伴能反歌
  60. 60遠とほ遠とほとおつつつ神祖かむおや神祖かむおやかむおやののの等保追可牟於夜能
  61. 61奧津城おくつき奧津城おくつきおくつきははは於久都奇波
  62. 62著しる著しるしるくくく標しめ標しめしめ立た立たたててて之流久之米多底
  63. 63人ひと人ひとひとののの知し知ししるるるべくべくべく比等能之流倍久
  64. 64天皇すめろき天皇すめろきすめろきののの須賣呂伎能反歌
  65. 65御み御みみ代よ代よよ榮さか榮さかさかえええむむんととと御代佐可延牟等
  66. 66東あづま東あづまあずまなるなるなる阿頭麻奈流
  67. 67みちのくみちのくみちのく山やま山やまやまににに美知能久夜麻爾
  68. 68金くがね金くがねくがね花はな花はなはな咲さ咲ささくくく金花佐久

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔4094〕葦原の瑞穂の国を、天から降って治められた天皇である神の君が、御代を重ねて、天の日嗣として治めて来られた君の御代御代に、お治めになる四方の国々には、山や川が広く豊かなので、奉る貢ぎ物の宝は数えきれず、言い尽くすこともできない。けれども、わが大君が、多くの人々を導いて、善い事(大仏の造立)をお始めになり、金が十分にあるだろうかと思い悩んでおられたところ、(鷄が鳴く)東の国の陸奥の小田にある山に、金があると奏上したので、御心を晴らされて、天地の神々もともに嘉納され、皇祖の御霊も助けて、遠い昔にあったこの事を、わが御代に顕してくださったので、治める国は栄えるだろうと、神そのままにお思いになって、(もののふの)多くの官人たちを従えるままに、老人も女子供も、その願いが心満ちるように、いたわって治めなさるので、このことをたいそう尊く、嬉しくますます思って、大伴の遠い祖先の神の、その名を大来目主と負い持って仕えてきた官職、「海を行くならば水に漬かる屍、山を行くならば草の生える屍となっても、大君のお側でこそ死のう、後ろを顧みはしない」と誓いを立てて、ますらおの清らかなその名を、昔から今の現在まで伝えてきた祖先の子孫であるぞ。大伴と佐伯の氏は、人の祖先が立てた誓いのとおりに、人の子は祖先の名を絶やさず、大君にお仕えするものだと言い継いできた言葉の職であるぞ。梓弓を手に取り持ち、剣大刀を腰に帯びて、朝の守り、夕べの守りに、大君の御門の守りには、我らをおいてほかに人はあるまいと、いよいよ心を奮い立たせて思いがつのる。大君のお言葉のありがたさを聞くと、貴くて。

〔4095〕ますらおの心が思われる。大君のお言葉のありがたさを聞くと、貴くて。

〔4096〕大伴の遠い祖先の神の墓所には、はっきりと標を立てよ。人が知るように。

〔4097〕天皇の御代が栄えるしるしとして、東の陸奥の山に、金の花が咲いた。

意訳

大仏造立に必要な金が陸奥国で発見されたことを喜ぶ聖武天皇の詔書が越中に届き、その中で大伴・佐伯氏の忠誠が称えられていたことに感激して家持が詠んだ長歌である。皇統の歴史から説き起こし、金の産出を神々の加護として讃え、大伴氏の祖先以来の「海行かば」の誓いを引いて、天皇の御門を守るのは自分たちだと決意を新たにする。巻十八でもっとも長い歌で、家持の氏族意識がよく表れている。

語釈・文法注

文法・本文

しらしめしける
お治めになった。
廣み淳み
「ひろみあつみ」。広く豊かなので。
下惱ますに
「したなやますに」。心の中で悩んでおられたところ。
相納受ひ
「あひうづなひ」。ともに嘉納して。
皇御祖
「すめろき」。皇祖。
まつろへのむけのまにまに
従わせ服させるままに。
心足ひ
「こころだらひ」。心が満ち足りること。
大來目主
「おほくめぬし」。大伴氏の祖とされる神。
水漬く屍
「みづくかばね」。水に漬かる屍。
草生す屍
「くさむすかばね」。草の生える屍。
言立
「ことだて」。誓いの言葉。
今の現
「いまのをつつ」。今の現実。
子等
「こども」。白文は「子等毛」と書く。
言の職
「ことのつかさ」。言い伝えのとおりの職分。
彌立て
「いやだて」。ますます心を奮い立たせて。
奧津城
「おくつき」。墓所。
標
「しめ」。目印。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。
出典
『万葉集』巻第十八・部立なし・4094〜4097番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平感宝元年5月12日、越中守大伴家持が、陸奥国の産金を喜ぶ詔書を受けて詠んだ歌。

修辞

対句
「海行かば水漬く屍」と「山行かば草生す屍」、「朝守り」と「夕の守りに」。
枕詞
「鷄が鳴く」「もののふの」「梓弓」。

解説

天平21年(749年)2月、陸奥守百済王敬福が金を献上し、4月に聖武天皇は東大寺に行幸して詔を下し、天平感宝と改元した。その詔の中で大伴・佐伯氏の忠誠が称えられている。「海行かば」の句は近代に曲がつけられて広く知られた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、655頁(コマ120)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、773頁(コマ150)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日