万葉集 巻第十八 4089〜4092番
高御座 天の日嗣と
天平感宝元年5月10日、ひとり幄の内にいて、遠くにほととぎすの鳴くのを聞いた大伴家持が詠んだ長歌と反歌三首。天皇の治める国の真ん中に山が多いので、さまざまな鳥が来て鳴く声は春にはどれもいとしいが、卯の花の咲く月になって鳴くほととぎすは、菖蒲を玉に通す五月まで、昼も夜も聞くたびに心を動かされ、あわれな鳥と言わない時はないと詠む長歌と、行方も知れず過ごしていても、ほととぎすが鳴き渡ればこのように賞美しようという歌など反歌三首。
題詞獨幄の裏に居て、遙に霍公鳥の喧くを聞きて作れる歌一首并に短歌
- 1高御座高御座たかみくら天天あまののの日嗣日嗣ひつぎととと高御座 安麻能日繼登長歌
- 2天皇天皇すめろきののの神神かみののの命命みことののの須賣呂伎能 可未能美許登能
- 3聞聞きこししし食食おすすす國國くにのののまほらまほらまほらににに伎己之乎須 久爾能麻保良爾
- 4山山やまをををしししもももさはさはさわににに多多おおみみみととと山乎之毛 佐波爾於保美等
- 5百百もも鳥鳥とりののの來來き居居いててて鳴鳴なくくく聲聲こえ百鳥能 來居弖奈久許惠
- 6春春はるささされれればばば聞聞ききののの愛愛かなしししももも春佐禮婆 伎吉能可奈之母
- 7いづれいづれいずれをををかかか別別わきききてててしぬばしぬばしぬばむむん伊豆禮乎可 和枳弖之努波無
- 8卯卯うののの花花はなののの咲咲さくくく月月つき立立たてててばばば宇能花乃 佐久月多弖婆
- 9愛愛めずらしくしくしく鳴鳴なくくくほととぎすほととぎすほととぎす米都良之久 鳴保等登藝須
- 10菖蒲草菖蒲草あやめぐさ珠珠たま貫貫ぬくくくまでまでまでににに安夜女具佐 珠奴久麻泥爾
- 11晝晝ひる暮暮くらししし夜夜よ亘亘わたししし聞聞きけけけどどど比流久良之 欲和多之伎氣騰
- 12聞聞きくくくごとごとごとににに心心こころつごきつごきつごきててて伎久其等爾 許己呂都呉枳弖
- 13うちうちうち嘆嘆なげきききあはれあはれあわれののの鳥鳥とりととと言言いははわぬぬぬ時時ときなしなしなし宇知奈氣伎 安波禮能登里等 伊波奴等枳奈思
- 14行方行方ゆくえなくなくなく由具敝奈久反歌
- 15ありありあり渡渡わたるるるともともとも安里和多流登毛
- 16ほととぎすほととぎすほととぎす保等登藝須
- 17鳴鳴なきききししし渡渡わたらららばばば奈枳之和多良婆
- 18斯斯かくくくやややしぬばしぬばしぬばむむん可久夜思努波牟
- 19卯卯うののの花花はなののの宇能花能反歌
- 20共共ともにににししし鳴鳴なけけけばばば登聞爾之奈氣婆
- 21ほととぎすほととぎすほととぎす保等得藝須
- 22いやいやいやめづらしめづらしめずらしももも伊夜米豆良之毛
- 23名名な告告のりりり鳴鳴なくくくなべなべなべ名能里奈久奈倍
- 24ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須反歌
- 25いといといと嫉嫉ねたけくけくけくははは伊登禰多家口波
- 26橘橘たちばなののの橘能
- 27花花はな散散ちるるる時時ときににに播奈治流等吉爾
- 28來來き鳴鳴なききき響響とよむるむるむる伎奈吉登余牟流
現代語訳
〔4089〕高御座にあって天の日嗣として、天皇である神の君がお治めになる国の真ん中に、山がたくさんあるので、多くの鳥が来て止まって鳴く声は、春になると聞くのがいとしい。どれを分けて賞美しようか。卯の花の咲く月になると、心ひかれて鳴くほととぎすは、菖蒲草を玉に通す五月まで、昼は一日中、夜は夜通し聞くけれど、聞くたびに心が動いて、ため息をついて、あわれな鳥だと言わない時はない。
〔4090〕行方も定まらずに過ごしていても、ほととぎすが鳴いて渡るならば、このように賞美するだろうか。
〔4091〕卯の花と一緒に鳴くので、ほととぎすはいっそう愛しい。自分の名を告げて鳴くにつれて。
〔4092〕ほととぎすのとてもねたましいのは、橘の花の散る時に来て鳴き響かせることだ。
意訳
ひとり幄の内でほととぎすの声を聞いた家持が、天皇の国の豊かな山々に鳴く百鳥の中でも、ほととぎすは格別にいとしいと讃えた長歌である。卯の花の咲く四月から菖蒲を玉に通す五月まで、昼も夜もその声に心を動かされると詠み、反歌では、卯の花とともに名告りして鳴く声を愛で、橘の花の散る時に鳴くのをねたましいと戯れる。
語釈・文法注
文法・本文
- 高御座
- 「たかみくら」。天皇の御座。
- 天の日嗣
- 天皇の位を継ぐこと。
- 聞し食す
- 「きこしをす」。お治めになる。
- まほら
- すぐれた所、中心。
- 聞の愛しも
- 「ききのかなしも」。聞くのがいとしい。
- しぬばむ
- 賞美しよう。
- 心つごきて
- 心が動いて。
- あはれの鳥
- あわれを感じさせる鳥。
- 名告り鳴く
- 自分の名を告げるように鳴く。
- 嫉けく
- 「ねたけく」。ねたましいこと。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4089〜4092番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平感宝元年5月10日、越中守大伴家持が、幄の内でほととぎすの声を聞いて詠んだ歌。
修辞
- 対照
- 春の百鳥の声と、初夏のほととぎすの声とを対照させる。
解説
幄は、幕を張りめぐらした仮の部屋。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、654頁(コマ120)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、771頁(コマ149)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日