万葉集 巻第十八 4076〜4079番
あしひきの 山は無くもが
天平20年3月16日、大伴家持が池主の歌に答えて贈った歌四首。山がなければよい、月を見れば同じ里なのに心を隔ててしまったという歌、あなたの古い屋敷の垣内の桜はまだつぼみだ、一目見に来なさいという歌、恋とはよく名づけたものだ、言いようもないのは私の身だったという歌、三島野に霞がたなびいているのに、昨日も今日も雪が降り続いているという歌。
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題詞越中國守大伴家持、報へ贈れる歌四首
- 1あしひきあしひきあしひきののの安之比奇能4076
- 2山山やまははは無無なくくくもがもがもが夜麻波奈久毛我
- 3月月つき見見みれれればばば都奇見禮婆
- 4同同おなじきじきじき里里さとををを於奈自伎佐刀乎
- 5心心こころ隔隔へだてててつつつ許己呂敝太底都
- 6我我わががが兄子兄子せこががが和我勢故我4077
- 7古古ふるききき垣内垣内かきつののの布流伎可吉都能
- 8櫻櫻さくら花花ばな佐久良波奈
- 9いまだいまだいまだ含含ふふめめめりりり伊麻太敷布賣利
- 10一一ひと目目め見見みににに來來こねねね比等目見爾許禰
- 11戀戀こふふうととと云云いふふうははは故敷等伊布波4078
- 12えええももも名名なづけづけづけたりたりたり衣毛名豆氣多理
- 13言言いふふうすべすべすべののの伊布須敝能
- 14たづきたづきたずきももも無無なきききははは多豆伎母奈吉波
- 15我我あが身身みなりなりなりけりけりけり安賀未奈里家利
- 16三島野三島野みしまぬににに美之麻野爾4079
- 17霞霞かすみたなびきたなびきたなびき可須美多奈妣伎
- 18然然しかすがにすがにすがに之可須我爾
- 19昨日昨日きのうももも今日今日きょうももも伎乃敷毛家布毛
- 20雪雪ゆきははは降降ふりりりつつつつつつ由伎波敷里都追
現代語訳
〔4076〕(あしひきの)山がなければよいのに。月を見れば同じ里なのに、山が心を隔ててしまった。
〔4077〕あなたの古い屋敷の垣根の内の桜の花は、まだつぼみのままだ。一目見においでなさい。
〔4078〕「恋ふ」とは、よくも名づけたものだ。言いようもないのは、私の身のことだったのだ。
〔4079〕三島野に霞がたなびいているのに、それでもやはり、昨日も今日も雪は降り続いている。
意訳
池主の三首に、家持が一首ずつ答え、さらに一首を加えた歌である。山さえなければと隔たりを嘆き、池主の越中の旧宅の桜はまだつぼみだから見に来いと誘い、恋という言葉の切実さを自分の身に知ったと答える。最後に、霞がたなびいても雪の降る越中の春の景を伝える。
語釈・文法注
文法・本文
- 無くもが
- なければよいのに。
- 垣内
- 「かきつ」。垣根の内、屋敷の中。
- 含めり
- 「ふふめり」。つぼみのままである。
- え名づけたり
- よくも名づけたものだ。
- たづき
- 手がかり、方法。
- 然すがに
- 「しかすがに」。そうはいうものの。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十八・部立なし・4076〜4079番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平20年3月16日、越中守大伴家持が、越前の大伴池主に答えた歌。
修辞
- 照応
- 池主の三首のそれぞれに答える形をとる。
解説
4077番の「古き垣内」は、池主が越中にいたころの屋敷。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、652頁(コマ119)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、768頁(コマ148)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日