古典ライブラリー

万葉集 巻第十七 4025番

之乎路から 直越え來れば

大伴家持(おおとものやかもち)

天平20年春、大伴家持が能登の気多神宮に参拝し、海辺を行ったときに詠んだ歌。志雄の道からまっすぐに山を越えて来ると、羽咋の海は朝なぎしている、船と楫があればよいのにという歌。

山を越えた旅人の眼下に、朝なぎの羽咋の海が広がっている

題詞氣太神宮に赴き參り、海邊を行きし時作れる歌一首

  1. 1之乎路しをぢ之乎路しをぢしおじからからから之乎路可良
  2. 2直ただ直ただただ越こ越ここえええ來く來くくれれればばば多太古要久禮婆
  3. 3羽咋はくひ羽咋はくひはくいののの海うみ海うみうみ波久比能海
  4. 4朝あさ朝あさあさなぎなぎなぎしししたりたりたり安佐奈藝思多理
  5. 5船ふな船ふなふな楫かぢ楫かぢかじもももがががももも船梶母我毛

引用の仕方

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現代語訳

志雄への道からまっすぐに越えて来ると、羽咋の海は朝なぎしている。船と楫があればよいのに。

意訳

越中から能登へ山を越えて来ると、眼下に朝なぎの羽咋の海が広がっていた。その穏やかな海に、船を漕ぎ出してみたいと願った歌である。

語釈・文法注

文法・本文

之乎路
「しをぢ」。志雄(今の石川県宝達志水町)を通る道。
直越え
山をまっすぐに越えて。
羽咋の海
「はくひのうみ」。能登の羽咋の海。
船楫もがも
船と楫があればよいのに。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。
出典
『万葉集』巻第十七・部立なし・4025番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平20年春、越中守大伴家持が出挙のために越中の諸郡を巡行したときの歌の一つ(4021〜4029番)。能登の気多神宮に参拝したときの歌。

修辞

願望
「もがも」で、朝なぎの海に漕ぎ出したい思いを述べる。

解説

気多神宮は能登国一宮で、今の羽咋市にある気多大社。当時、能登国は越中国に併合されていた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、638頁(コマ112)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、750頁(コマ139)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日