万葉集 巻第十七 4017〜4020番
東風 いたく吹くらし
天平20年正月29日、越中守大伴家持が詠んだ歌四首。東風が激しく吹くらしい、奈呉の海人の釣り舟が漕ぎ隠れるのが見えるという歌、港の風が寒く吹くらしい、奈呉の江で妻を呼び交わして鶴がしきりに鳴くという歌、鄙であるからか、こんなにも恋しさが募って心の和む日もないという歌、越の海の信濃の浜を一日中歩いても、長い春の日も都の人を忘れることがあろうかという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(天平二十年春正月二十九日の歌四首)
- 1東風東風あゆのかぜ東風4017
- 2いたくいたくいたく吹吹ふくくくらしらしらし伊多久布久良之
- 3奈呉奈呉なごののの海人海人あまののの奈呉乃安麻能
- 4釣釣つりするするする小小お舟舟ぶね都利須流乎夫禰
- 5漕漕こぎぎぎ隱隱かくるるる見見みゆゆゆ許藝可久流見由
- 6港港みなと風風かぜ美奈刀可世4018
- 7寒寒さむくくく吹吹ふくくくらしらしらし佐牟久布久良之
- 8奈呉奈呉なごののの江江えににに奈呉乃江爾
- 9妻妻つま喚喚よびびび交交かわししし都麻欲比可波之
- 10鶴鶴たずさはさはさわににに鳴鳴なくくく多豆左波爾奈久
- 11天天あまざかるざかるざかる安麻射可流4019
- 12鄙鄙ひなとととももも著著しるくくく比奈等毛之流久
- 13ここだくここだくここだくももも許己太久母
- 14繁繁しげききき戀戀こいかもかもかも之氣伎孤悲可毛
- 15和和なぐるぐるぐる日日ひももも無無なくくく奈具流日毛奈久
- 16越越こしののの海海うみののの故之能宇美能4020
- 17信濃信濃しなぬののの濱濱はまををを信濃乃波麻乎
- 18行行ゆききき暮暮くらししし由伎久良之
- 19長長ながききき春春はる日日ひももも奈我伎波流比毛
- 20忘忘わすれれれててておもへおもへおもえややや和須禮底於毛倍也
現代語訳
〔4017〕東風が激しく吹くらしい。奈呉の海人の釣りをする小舟が、漕いで波間に隠れて行くのが見える。
〔4018〕港の風が寒く吹くらしい。奈呉の江で、妻を呼び交わして鶴がしきりに鳴いている。
〔4019〕(天ざかる)鄙であるからか、これほどまでに絶え間ない恋しさであることよ。心の和む日もなく。
〔4020〕越の海の信濃の浜を一日中歩いて、長い春の日にも、都の人を忘れたりしようか。
意訳
越中で迎えた二度目の春、正月の終わりに家持が詠んだ四首である。東風に揺れる奈呉の海の釣り舟、寒風の中で妻を呼び交わす鶴と、越の海辺の景を詠み、鄙にいるゆえの絶え間ない恋しさ、長い春の日にも都の人を忘れられない思いを重ねる。
語釈・文法注
文法・本文
- 東風
- 「あゆのかぜ」。越中の言葉で東の風。
- 漕ぎ隱る
- 漕いで波間に隠れる。
- 港風
- 「みなとかぜ」。港に吹く風。
- さはに
- たくさん、しきりに。
- 鄙とも著く
- 鄙であるのがはっきりわかるほど。
- ここだくも
- これほどまでに。
- 和ぐる
- 「なぐる」。心が和む。
- 信濃の濱
- 「しなぬのはま」。越中の浜の名。所在未詳。
- 忘れておもへや
- 忘れて思うことがあろうか、忘れはしない。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・4017〜4020番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平20年正月29日、越中守大伴家持が詠んだ歌。
修辞
- 推量
- 4017・4018番は「らし」で、見える景から風の様子を推し量る。
- 反語
- 4020番の「忘れておもへや」。
解説
この年の春、家持は越中の諸郡を巡行し、各地で歌を詠んでいる(4021番以下)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、637頁(コマ111)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、748頁(コマ138)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日