万葉集 巻第十七 4011〜4015番
大王の 遠の朝廷ぞ
天平19年9月26日、越中守大伴家持が、逃げてしまった愛鷹「大黒」を思い、夢のお告げに喜んで作った長歌と反歌四首。越の国は山高く川雄大で、夏は鵜飼、秋は鷹狩の地である、鷹は多いが自慢の大黒ほど優れた鷹はないと誇っていたのに、鷹飼の老人が無断で狩りに連れ出して逃がしてしまった、心に火が燃えるほど思い焦がれ、網を張り番人を置き、神社に鏡と倭文を供えて祈って待っていると、乙女が夢に現れて、その鷹は松田江の浜から氷見の江、多故の島を飛びめぐり、葦鴨の集まる古江に一昨日も昨日もいた、近ければ二日、遠くとも七日のうちには戻るだろう、そう恋い焦がれるなと告げたと詠む長歌と、鷹を手に据えて狩りをしない日が重なり月がたったという歌など反歌四首。
題詞放逸せる鷹を思ひ、夢に見て感悦して作れる歌一首并に短歌
- 1大王大王おおきみののの遠遠とおののの朝廷朝廷みかどぞぞぞ大王乃 等保能美可度曾長歌
- 2みみみ雪雪ゆき降降ふるるる越越こしととと名名なににに負負おへへえるるる美雪落 越登名爾於弊流
- 3天天あまざかるざかるざかる鄙鄙ひなにににしししあれあれあればばば安麻射可流 比奈爾之安禮婆
- 4山山やま高高たかみみみ河河かわとほじろしとほじろしとおじろし山高美 河登保之呂思
- 5野野のををを廣廣ひろみみみ草草くさこそこそこそ茂茂しげききき野乎比呂美 久佐許曾之既吉
- 6鮎鮎あゆ走走はしるるる夏夏なつののの盛盛さかりととと安由波之流 奈都能左加利等
- 7島島しまつつつ鳥鳥とり鵜養鵜養うかいががが伴伴ともははは之麻都等里 鵜養我登母波
- 8行行ゆくくく河河かわののの淸淸きよききき瀨瀨せごとごとごとににに由久加波乃 伎欲吉瀨其登爾
- 9篝篝かがりさしさしさしなづさひなづさひなずさい上上のぼるるる可賀里左之 奈豆左比能保流
- 10露露つゆ霜霜しもののの秋秋あきににに至至いたれれればばば露霜乃 安伎爾伊多禮波
- 11野野のももも多多さわににに鳥鳥とり多集多集すだけけけりりりととと野毛佐波爾 等里須太家里等
- 12ますらをますらをますらおののの伴伴ともいざなひいざなひいざないててて麻須良乎能 登母伊射奈比底
- 13鷹鷹たかはははしもしもしも數多數多あまたあれあれあれどもどもども多加波之母 安麻多安禮等母
- 14矢形尾矢形尾やかたおののの我我わががが大黑大黑おおくろににに矢形尾乃 安我大黑爾
- 15白塗白塗しらぬりののの鈴鈴すず取取とりりり附附つけけけててて之良奴里能 鈴登里都氣底
- 16朝獵朝獵あさがりににに五百五百いおつつつ鳥鳥とり立立たててて朝獵爾 伊保都登里多底
- 17夕獵夕獵ゆうがりににに千鳥千鳥ちとり踏踏ふみみみ立立たててて暮獵爾 知登理布美多底
- 18追追おふふう每每ごとににに免免ゆるすすすことことことなくなくなく於敷其等爾 由流須許等奈久
- 19手手た放放ばなれれれももも還來還來おちもももかかか易易やすききき手放毛 乎知母可夜須伎
- 20これこれこれををを除除おきききててて又又またはははありありあり難難がたししし許禮乎於伎底 麻多波安里我多之
- 21さささ竝竝ならべべべるるる鷹鷹たかははは無無なけけけむむんととと左奈良弊流 多可波奈家牟等
- 22情情こころにににははは思思おもひひい誇誇ほこりりりててて情爾波 於毛比保許里底
- 23笑笑えまひひいつつつつつつ渡渡わたるるる間間あいだににに惠麻比都追 和多流安比太爾
- 24狂狂たぶれれれたるたるたる醜醜しこつつつ翁翁おきなののの多夫禮多流 之許都於吉奈乃
- 25言言ことだにだにだにももも吾吾われにににははは告告つげげげずずず許等太爾母 吾爾波都氣受
- 26とのとのとの曇曇ぐもりりり雨雨あめののの降降ふるるる日日ひををを等乃具母利 安米能布流日乎
- 27鳥狩鳥狩とがりすすすととと名名なのみのみのみををを告告のりりりててて等我理須等 名乃未乎能里底
- 28三島野三島野みしまぬををを背向背向そがいににに見見みつつつつつつ三島野乎 曾我比爾見都追
- 29二山二山ふたがみののの上上うえ飛飛とびびび越越こえええててて二山 上登妣古要底
- 30雲雲くも隱隱がくりりり翔翔かけりりり去去いにににきききととと久母我久理 可氣理伊爾伎等
- 31歸歸かえりりり來來きててて咳咳しわぶれれれ告告つぐれぐれぐれ可弊理伎底 之波夫禮都具禮
- 32招招おくくくよしよしよしのののそこそこそこににに無無なけれけれければばば呼久餘思乃 曾許爾奈家禮波
- 33言言いふふうすべすべすべのののたどきたどきたどきををを知知しらららににに伊數須弊能 多騰伎乎之良爾
- 34心心こころにににははは火火ひさへさへさえ燃燃もえええつつつつつつ心爾波 火佐倍毛要都追
- 35思思おもひひい戀戀こひひい息息いき衝衝づききき餘餘あまりりり於母比孤悲 伊伎豆吉安麻利
- 36けだしくけだしくけだしくももも逢逢あふふうことことことありありありやややととと氣太之久毛 安布許等安里也等
- 37あしひきあしひきあしひきののの彼面彼面おても此面此面このもににに安之比奇能 乎底母許乃毛爾
- 38鳥網鳥網となみ張張はりりり守部守部もりべををを居居すゑゑえててて等奈美波里 母利弊乎須惠底
- 39ちはやぶるちはやぶるちはやぶる神神かみののの社社やしろににに知波夜夫流 神社爾
- 40照照てるるる鏡鏡かがみ倭文倭文しずににに取取とりりり添添そへへえ底流鏡 之都爾等里蘇倍
- 41乞乞こひひい祈祈のみみみててて吾吾あががが待待まつつつ時時ときににに己比能美底 安我麻都等吉爾
- 42少女少女おとめらららががが夢夢いめににに告告つぐらくぐらくぐらく乎登賣良我 伊米爾都具良久
- 43汝汝なががが戀戀こふるふるうるそのそのその秀秀ほつつつ鷹鷹たかははは奈我古數流 曾能保追多加波
- 44松田江松田江まつだえののの濱濱はま行行ゆききき暮暮ぐらしらしらし麻都太要乃 波麻由伎具良之
- 45鯯鯯つなし漁漁とるるる氷見氷見ひみののの江江え過過すぎぎぎててて都奈之等流 比美乃江過底
- 46多故多故たこののの島島しま飛飛とびびび徘徊徘徊たもとおりりり多古能之麻 等比多毛登保里
- 47葦葦あし鴨鴨がもののの多集多集すだくくく舊江舊江ふるえににに安之我母能 須太久舊江爾
- 48一昨日一昨日おとついももも昨日昨日きのうももも在在ありりりつつつ乎等都日毛 伎能數母安里追
- 49近近ちかくくくあらあらあらばばば今今いま二日二日ふつか許許だみ知加久安良波 伊麻布都可太未
- 50遠遠とおくくくあらあらあらばばば七日七日なぬかのののうちうちうちははは等保久安良婆 奈奴可乃宇知波
- 51過過すぎぎぎめめめやもやもやも來來きなななむむん吾吾わががが兄子兄子せこ須疑米也母 伎奈牟和我勢故
- 52懇懇ねもころにににななな戀戀こひひいそそそよよよとととぞぞぞ夢夢いめににに告告つげげげつるつるつる禰毛許呂爾 奈孤悲曾余等曾 伊麻爾都氣都流
- 53矢形尾矢形尾やかたおののの矢形尾能反歌
- 54鷹鷹たかををを手手てににに据据すゑゑえ多加乎手爾須惠
- 55三島野三島野みしまぬににに美之麻野爾
- 56獵獵からららぬぬぬ日日ひ數多數多まねくくく可良奴日麻禰久
- 57月月つきぞぞぞ經經へにににけるけるける都奇曾倍爾家流
- 58二上二上ふたがみののの二上能反歌
- 59彼面彼面おても此面此面このもににに乎底母許能母爾
- 60網網あみさしさしさしててて安美佐之底
- 61吾吾あががが待待まつつつ鷹鷹たかををを安我麻都多可乎
- 62夢夢いめににに告告つげげげつつつももも伊米爾都氣追母
- 63松反松反まつがえりりり麻追我弊里反歌
- 64しびしびしびにににてててあれあれあれかもかもかも之比爾底安禮可母
- 65さささ山田山田やまだののの佐夜麻太乃
- 66翁翁おじががが其其そののの日日ひににに乎治我其日爾
- 67求求もとめめめ逢逢あははわずずずけむけむけん母等米安波受家牟
- 68情情こころにににははは情爾波反歌
- 69ゆるぶゆるぶゆるぶことことことなくなくなく由流布許等奈久
- 70須加須加すがののの山山やま須加能夜麻
- 71すがなくすがなくすがなくのみのみのみややや須可奈久能未也
- 72戀戀こひひい渡渡わたりりりなななむむん孤悲和多利奈牟
現代語訳
〔4011〕大君の遠い政庁であるぞ、雪の降る越と名に負う、(天ざかる)鄙であるので、山は高く、川は雄大で、野は広いので草が茂っている。鮎の走る夏の盛りには、(島つ鳥)鵜飼の人々は、流れる川の清らかな瀬ごとに篝火をともして、水に浸りながらさかのぼる。露霜の降りる秋になると、野にはたくさんの鳥が群れ集まっていると、ますらおの仲間を誘って、鷹はたくさんいるけれども、矢形尾のわが大黒に白く塗った鈴を取り付けて、朝の狩りには五百の鳥を飛び立たせ、夕の狩りには千の鳥を踏み立たせ、追うたびに逃がすことなく、手から放つのも呼び戻すのもたやすい。これをおいてはまたとあり難い、肩を並べる鷹はないだろうと、心の中では誇らしく思って、笑みを浮かべながら過ごしていたところ、気の狂った醜い翁が、ひと言も私に告げずに、空のかき曇って雨の降る日に、鳥狩りをするとだけ言って出かけ、三島野を背後に見ながら、二上山の上を飛び越えて、雲に隠れて飛び去ってしまったと、帰って来て咳払いをしながら告げるので、呼び戻す手立てもそこにはないので、言いようもなく、心には火までも燃え立つほどに、思い焦がれ、ため息をついて、もしや会えることもあろうかと、(あしひきの)山のあちらこちらに鳥網を張り、番人を置き、(ちはやぶる)神の社に、照り輝く鏡を倭文に添えて供え、乞い祈って私が待っていると、乙女が夢に現れて告げるには、「あなたが恋い慕うその優れた鷹は、松田江の浜で一日を過ごし、鯯をとる氷見の江を過ぎて、多故の島を飛びめぐり、葦鴨の群れ集まる古江に、一昨日も昨日もいました。早ければあと二日ほど、遅くとも七日のうちを過ぎることがありましょうか。きっと戻って来ます、あなた。ひどく恋い慕わないでください」と、夢で告げたことだ。
〔4012〕矢形尾の鷹を手に据えて、三島野で狩りをしない日が重なって、ひと月がたってしまった。
〔4013〕二上山のあちらこちらに網を張って私が待つ鷹のことを、夢で告げてくれたことだ。
〔4014〕(松反り)ぼけてしまっていたのか、山田の翁が、その日に鷹を探し求めても見つけられなかったのは。
〔4015〕心の中では緩むことなく、(須加の山)どうしようもなくただ恋い続けるのだろうか。
意訳
越中の山野で鷹狩を楽しんでいた家持が、自慢の蒼鷹「大黒」を鷹飼の老人に逃がされた顛末を詠んだ長歌である。越の国の風土と鷹狩の楽しみ、大黒の比類のなさを誇らしく述べた後、老人が無断で連れ出して逃がしたことへの憤りと、心に火の燃えるような焦燥を語り、神に祈ると夢に乙女が現れて、鷹の居場所と帰還の見込みを告げたと結ぶ。日常の出来事を物語のように描く、家持の長歌の中でも異色の作である。
語釈・文法注
文法・本文
- 遠の朝廷
- 「とほのみかど」。都から遠い政庁。ここでは越中国府。
- とほじろし
- 雄大である。
- なづさひ上る
- 水に浸りながらさかのぼる。
- 多集けり
- 「すだけり」。群れ集まっている。
- 矢形尾
- 「やかたを」。矢羽の形の斑のある尾。
- 大黑
- 「おほくろ」。家持の蒼鷹の名。
- 還來もか易き
- 「をちもかやすき」。呼び戻すのもたやすい。
- 狂れたる
- 「たぶれたる」。気の狂った。
- 醜つ翁
- 「しこつおきな」。醜い老人。左注の鷹飼の山田史君麿を指す。
- 咳れ告ぐれ
- 「しはぶれつぐれ」。咳払いをして告げるので。
- 彼面此面
- 「をてもこのも」。あちらこちら。
- 鳥網
- 「となみ」。鳥を捕る網。
- 倭文
- 「しづ」。日本古来の織物。
- 秀つ鷹
- 「ほつたか」。優れた鷹。
- 鯯
- 「つなし」。このしろの幼魚。
- 今二日許
- 「いまふつかだみ」。あと二日ほど。
- 夢に告げつる
- 白文は「伊麻爾都氣都流」と書く。
- 松反り
- 「しび」にかかる枕詞か。
- しびにてあれかも
- ぼけていたからか。
- 須加の山
- 「すがなく」を導く。所在未詳。
- すがなく
- どうしようもなく。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・4011〜4015番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年9月26日、越中守大伴家持が、逃げた鷹を思って詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「朝獵に五百つ鳥立て」と「夕獵に千鳥踏み立て」、「近くあらば今二日許」と「遠くあらば七日のうちは」。
- 物語的叙述
- 鷹の自慢から逃走、祈願、夢告げへと、出来事を順に語る。
解説
家持は鷹狩を好み、越中で何羽もの鷹を飼っていた。この後も鷹を詠んだ歌がある(巻十九)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、634頁(コマ110)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、745頁(コマ136)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日