万葉集 巻第十七 4008〜4010番
あをによし 奈良を來離れ
天平19年5月2日、大伴池主が、上京を前に別れを悲しむ家持の歌(4006・4007番)に答えて贈った長歌と短歌二首。奈良を離れて鄙にいても、あなたを見ていれば心が晴れたのに、大君の命で旅立ってしまえば、残る私が悲しいのか、旅行くあなたが恋しく思うのか、嘆きを止めかねて見渡すと卯の花の山にほととぎすが鳴くように声を上げて泣けてくる、礪波山の峠の神に幣を捧げて、あなたが無事に行き来して、なでしこの花の盛りに再び会わせてくださいと祈ると詠む長歌と、道の神たちに幣を捧げよう、私の思う君をいとおしんでくださいという歌、恋しいあなたがなでしこの花であればよい、毎朝見ようという歌。
題詞忽ち京に入らむとして懷を述ぶる作を見、生別の悲、腸を斷つこと萬回、怨緒禁じ難し。聊か所心を奉ずる一首并に二絶
- 1あをによしあをによしあおによし奈良奈良ならををを來來き離離はなれれれ安遠爾與之 奈良乎伎波奈禮長歌
- 2天天あまざかるざかるざかる鄙鄙ひなにににはははあれあれあれどどど阿麻射可流 比奈爾波安禮登
- 3我我わががが兄子兄子せこををを見見みつつつつつつししし居居おれれればばば和賀勢故乎 見都追志乎禮婆
- 4思思おもひひい遣遣やるるる事事こともももありありありしししををを於毛比夜流 許等母安利之乎
- 5大君大君おおきみののの命命みことかしこみかしこみかしこみ於保伎美乃 美許等可之古美
- 6食國食國おすくにののの事事こと執執とりりり持持もちちちててて乎須久爾能 許等登里毛知底
- 7若若わか草草くさののの脚帶脚帶あゆい手手た裝裝づくりりり和可久佐能 安由比多豆久利
- 8群群むら鳥鳥どりののの朝朝あさ立立だちちち去去いなななばばば無良等理能 安佐太知伊奈婆
- 9後後おくれれれたるたるたる我我あれややや悲悲かなしきしきしき於久禮多流 阿禮也可奈之伎
- 10旅旅たびににに行行ゆくくく君君きみかもかもかも戀戀こひひいむむん多妣爾由久 伎美可母孤悲無
- 11思思おもふふうそらそらそら安安やすくくくあらあらあらねねねばばば於毛布蘇良 夜須久安良禰婆
- 12歎歎なげかくかくかくををを止止とどめめめもももかねかねかねててて奈氣可久乎 等騰米毛可禰底
- 13見見み渡渡わたせせせばばば卯卯うののの花花はな山山やまののの見和多勢婆 宇能波奈夜麻乃
- 14ほととぎすほととぎすほととぎす哭哭ねのみのみのみししし泣泣なかかかゆゆゆ保等登藝須 禰能未之奈可由
- 15朝朝あさ霧霧ぎりののの亂亂みだるるるるるる心心こころ安佐疑理能 美太流流許己呂
- 16言言ことににに出出いでででててて言言いははわばばばゆゆしみゆゆしみゆゆしみ許登爾伊泥底 伊波婆由遊思美
- 17礪波礪波となみ山山やまたむけたむけたむけののの神神かみににに刀奈美夜麻 多牟氣能可味爾
- 18幣幣ぬさ奉奉まつりりり我我あががが乞乞こひひい祈祈のまくまくまく奴佐麻都里 安我許比能麻久
- 19愛愛はしけやししけやししけやし君君きみがががただかただかただかををを波之家夜之 吉美賀多太可乎
- 20眞眞ま幸幸さきくくくももも在在ありりり徘徊徘徊たもとおりりり麻佐吉久毛 安里多母等保利
- 21月月つき立立たたたたばばば時時ときもももかはさかはさかわさずずず都奇多々婆 等伎毛可波佐受
- 22瞿麥瞿麥なでしこががが花花はなののの盛盛さかりににに相相あい見見みしめしめしめとととぞぞぞ奈泥之故我 波奈乃佐可里爾 阿比見之米等曾
- 23玉玉たまほこほこほこののの多麻保許能短歌
- 24道道みちののの神神かみたちたちたち美知能可未多知
- 25幣幣まいはははせせせむむん麻比波勢牟
- 26我我あがががおもふおもふおもう君君きみををを安賀於毛布伎美乎
- 27なつかしみなつかしみなつかしみせせせよよよ奈都可之美勢余
- 28うらうらうら戀戀こひひいししし宇良故非之短歌
- 29我我わががが兄兄せののの君君きみははは和賀勢能伎美波
- 30瞿麥瞿麥なでしこががが奈泥之故我
- 31花花はなにににもももがががもなもなもな波奈爾毛我母奈
- 32朝朝朝朝あさなさな見見みむむむ安佐奈佐奈見牟
現代語訳
〔4008〕(あをによし)奈良を離れて来て、(天ざかる)鄙にはいるけれども、あなたを見ていると、思いを晴らすこともできたのに、大君の御命令を恐れ謹んで、治める国の政務を執り持って、(若草の)脚結いを身に着け、(群鳥の)朝早く旅立って行ったならば、後に残る私が悲しいのか、旅に行くあなたが恋しく思うのか。思う心は安らかでないので、嘆くのを止めかねて見渡すと、卯の花の咲く山のほととぎすのように、声を上げて泣けてくる。(朝霧の)乱れる心を言葉に出して言うのは憚られるので、礪波山の峠の神に幣を捧げて、私が乞い祈ることには、いとしいあなたの身を無事に、行き来して、月が改まったら時を移さず、なでしこの花の盛りに会わせてくださいと。
〔4009〕(玉ほこの)道の神たちよ、幣を捧げましょう。私の思うあなたを、いとおしんでください。
〔4010〕心ひそかに恋しいわが君は、なでしこの花であればよいのに。毎朝見よう。
意訳
家持の別れの歌に、池主が答えた長歌である。鄙にあっても家持がいれば心慰められたのに、旅立ってしまえば残る者も行く者も悲しいと嘆き、卯の花山のほととぎすのように声を上げて泣くと詠む。そして越中から都へ向かう道の境にある礪波山の峠の神に、家持の無事と、なでしこの咲く頃の再会を祈る。
語釈・文法注
文法・本文
- 來離れ
- 「きはなれ」。離れて来て。
- 脚帶手裝り
- 「あゆひたづくり」。旅装として脚結いを身に着けて。
- 群鳥の
- 「朝立ち」にかかる枕詞。
- 哭のみし泣かゆ
- 声を上げて泣けてくる。
- ゆゆしみ
- 憚られるので。
- 礪波山
- 「となみやま」。越中と加賀の境の山。
- たむけの神
- 峠の神。
- 乞ひ祈まく
- 「こひのまく」。乞い祈ることには。
- ただか
- その人自身、身の上。
- 時もかはさず
- 時を移さず。
- 幣はせむ
- 「まひはせむ」。贈り物をしよう。
- 朝朝
- 「あさなさな」。毎朝。
和歌
- 作者
- 大伴池主(生没年未詳(八世紀中頃))
越中掾として国守の大伴家持に仕え、漢文の書簡と歌をさかんに贈り交わした。のち越前掾。天平宝字元年(757)の橘奈良麻呂の変にかかわり、その後の消息は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・4008〜4010番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年5月2日、大伴池主が、家持の別れの歌に答えて贈った歌。
修辞
- 序詞
- 「見渡せば卯の花山のほととぎす」が「哭のみし泣かゆ」を導く。
- 枕詞
- 「あをによし」「天ざかる」「若草の」「群鳥の」「朝霧の」「玉ほこの」。
解説
4010番は家持の4007番「我が兄子は玉にもがもな」に応じて、友を花にたとえて答えている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、634頁(コマ110)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、744頁(コマ136)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日