万葉集 巻第十七 4006〜4007番
かき數ふ 二上山に
天平19年4月30日、上京の日が近づき、別れの悲しみを払いのけがたい大伴家持が、大伴池主に贈った長歌と短歌。二上山の栂の木の幹も枝も同じ常盤であるように、いとしい君と朝ごとに会って語り、夕べには手を携えて射水川の河原に出て、風に騒ぐ湊の白波や洲鳥、入江を漕ぐ海人の小舟を眺めて楽しんできたが、大君の命で旅立てば、白雲のたなびく山を越えて隔たり、恋しい日々が長く続くだろう、ほととぎすの声とともに通す玉であればよい、手に巻いて朝夕に見ながら行こうに、置いて行くのは惜しいと詠む長歌と、君が玉であればよい、ほととぎすの声と一緒に通して手に巻いて行こうという歌。
題詞京に入らむこと漸近づきて、悲情撥き難く、懷を述ぶる一首并に一絶
- 1かきかきかき數數かぞふふう二上二上ふたがみ山山やまににに可伎加蘇布 敷多我美夜麻爾長歌
- 2神神かむさびさびさびててて立立たてててるるる栂栂つがののの木木き可牟佐備底 多底流都我能奇
- 3幹幹もとももも枝枝えももも同同おやじじじ常盤常盤ときわににに毛等母延毛 於夜自得伎波爾
- 4愛愛はしきしきしきよしよしよし我我わががが兄兄せののの君君きみををを波之伎與之 和我世乃伎美乎
- 5朝朝あさ去去さらららずずず會會あひひいててて言言こと問問どひひい安佐左良受 安比底許登騰比
- 6夕夕ゆうささされれればばば手手て携携たずさはりはりわりててて由布佐禮婆 手多豆佐波利底
- 7射水射水いみず河河がわ淸淸きよききき河内河内こうちににに伊美豆河波 吉欲伎可布知爾
- 8出出いででで立立たちちちててて我我わががが立立たちちち見見みれれればばば伊泥多知底 和我多知彌禮婆
- 9東風東風あゆのかぜ甚甚いたくしくしくし吹吹ふけけけばばば安由能加是 伊多久之布氣婆
- 10湊湊みなとにににははは白白しら波波なみ高高たかみみみ美奈刀爾波 之良奈美多可彌
- 11妻妻つま喚喚よぶぶぶととと洲洲す鳥鳥どりははは騷騷さわぐぐぐ都麻欲夫等 須騰理波佐和久
- 12葦葦あし刈刈かるるるととと海人海人あまののの小小お舟舟ぶねははは安之可流等 安麻乃乎夫禰波
- 13入入いり江江え漕漕こぐぐぐ楫楫かじののの音音おと高高たかししし伊里延許具 加遲能於等多可之
- 14其其そこをををしししもももあやあやあやにににともしみともしみともしみ曾己乎之毛 安夜爾登母志美
- 15偲偲しぬびびびつつつつつつ遊遊あそぶぶぶ盛盛さかりををを之怒比都追 安蘇夫佐香理乎
- 16天皇天皇すめろきののの食國食國おすくになれなれなればばば須賣呂伎能 乎須久爾奈禮婆
- 17御言御言みこと持持もちちち立立たちちち別別わかれれれなななばばば美許登母知 多知和可禮奈婆
- 18後後おくれれれたるたるたる君君きみはははあれあれあれどもどもども於久禮多流 吉民波安禮騰母
- 19玉玉たまほこほこほこののの道道みち行行ゆくくく我我われははは多麻保許乃 美知由久和禮播
- 20白白しら雲雲くもののの棚棚たな引引びくくく山山やまををを之良久毛能 多奈妣久夜麻乎
- 21磐根磐根いわね蹐蹐ふみみみ越越こえええ隔隔へなりりりなななばばば伊波禰布美 古要弊奈利奈婆
- 22戀戀こいしけくしけくしけく日日けののの長長ながけけけむむんぞぞぞ孤悲之家久 氣乃奈我氣牟曾
- 23其其そこ思思もへへえばばば心心こころししし痛痛いたししし則許母倍婆 許己呂志伊多思
- 24ほととぎすほととぎすほととぎす聲聲こえにににあへあへあえ貫貫ぬくくく保等登藝須 許惠爾安倍奴久
- 25玉玉たまにににもももががが手手てににに纏纏まききき持持もちちちててて多麻爾母我 手爾麻吉毛知底
- 26朝朝あさ夕夕よいににに見見みつつつつつつ行行ゆかかかむむんををを置置おきききててて行行いかかかばばば惜惜おししし安佐欲比爾 見都追由可牟乎 於伎底伊加婆乎思
- 27我我わががが兄子兄子せこははは和我勢故婆短歌
- 28玉玉たまにににもももがががもなもなもな多麻爾母我毛奈
- 29ほととぎすほととぎすほととぎす保等登伎須
- 30聲聲こえにににあへあへあえ貫貫ぬききき許惠爾安倍奴伎
- 31手手てににに纏纏まきききててて行行ゆかかかむむん手爾麻伎底由加牟
現代語訳
〔4006〕(かき數ふ)二上山に神々しく立っている栂の木の、幹も枝も同じように常緑であるように、いとしいわが君を、毎朝会って語り合い、夕方になると手を携えて、射水川の清らかな河原に出て立ち、私が立って見ると、東風がひどく吹くので、湊には白波が高く、妻を呼ぶとて洲鳥は騒ぎ、葦を刈ろうと海人の小舟は入江を漕ぐ、その楫の音が高い。それをこそ、なんとも心ひかれて賞美しながら遊ぶ盛りの時であるのに、天皇の治める国であるので、御命令を受けて立ち別れたならば、残る君はよいとしても、(玉ほこの)道を行く私は、白雲のたなびく山を、岩を踏んで越えて隔たってしまったならば、恋しい日々が長く続くことだろう。それを思うと心が痛む。ほととぎすの声と一緒に通す玉であればよい。手に巻いて持って、朝夕に見ながら行こうものを。置いて行くのは惜しい。
〔4007〕あなたが玉であればよいのに。ほととぎすの声と一緒に通して、手に巻いて行こう。
意訳
上京を前に、越中で最も親しく交わった池主との別れを惜しんだ長歌である。二上山の栂の木の幹と枝のように変わらない友と、朝夕に語り合い、射水川の湊の景色を楽しんだ日々を振り返り、白雲のたなびく山を越えて隔たれば恋しさが長く続くと嘆く。友を玉にして手に巻いて行きたいという結びは、送別の宴の3990番・3997番の発想を受けている。
語釈・文法注
文法・本文
- かき數ふ
- 「かきかぞふ」。「二」にかかる枕詞。
- 栂
- 「つが」。常緑の針葉樹。
- 常盤
- 「ときは」。永久に変わらないこと。
- 言問ひ
- 「ことどひ」。語り合って。
- 東風
- 「あゆのかぜ」。越中の方言で東の風。
- あやにともしみ
- なんとも心ひかれて。
- 食國
- 「をすくに」。天皇の治める国。
- 蹐み
- 「ふみ」。踏んで。
- 日の長けむぞ
- 「けのながけむぞ」。日数が長いだろう。
- 聲にあへ貫く
- ほととぎすの声と合わせて玉に通す。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・4006〜4007番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年4月30日、上京を前にした越中守大伴家持が、大伴池主に贈った歌。
修辞
- 序詞
- 冒頭の「かき數ふ二上山に神さびて立てる栂の木幹も枝も」が「同じ常盤に」を導く。
- 対句
- 「朝去らず會ひて言問ひ」と「夕されば手携はりて」、「湊には白波高み」と「入江漕ぐ楫の音高し」。
解説
「あゆのかぜ」は、家持が左注などで越中の方言であると記している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、633頁(コマ109)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、743頁(コマ135)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日