万葉集 巻第十七 4003〜4005番
朝日さし 背向に見ゆる
天平19年4月28日、大伴池主が、家持の「立山の賦」に唱和した長歌と短歌二首。朝日がさして背後に見える、神の名を負う立山は、白雲の重なりを押し分けて天にそびえ、冬も夏も雪が降り積もって、昔からこうしてあったので、岩もごつごつと神々しく、幾代を経たことか、いくら見ても霊妙である、峰が高く谷が深いので激しく流れ落ちる清い川には朝ごとに霧が立ち、夕べには雲がたなびく、その霧のように思いは消えず、川の音も清らかに、万代に言い継いでいこう、川が絶えない限りと詠む長歌と、立山の雪が夏でも消えずにあるのは神の山だからだという歌、片貝川の流れが絶えないように、今見る人も絶えず通うだろうという歌。
題詞敬みて立山の賦に和する一首并に一絶
- 1朝日朝日あさひさしさしさし背向背向そがいににに見見みゆるゆるゆる阿佐比左之 曾我比爾見由流長歌
- 2神神かむながらながらながら御名御名みなににに負負おははわせせせるるる可無奈我良 彌奈爾於婆勢流
- 3白白しら雲雲くもののの千千ち重重えををを押押おししし別別わけけけ之良久母能 知邊乎於之和氣
- 4天天あまそそりそそりそそり高高たかききき立山立山たちやま安麻曾曾理 多可吉多知夜麻
- 5冬冬ふゆ夏夏なつととと分分わくくくことことこともももなくなくなく布由奈都登 和久許等母奈久
- 6白妙白妙しろたえににに雪雪ゆきははは降降ふりりり置置おきききててて之路多倍爾 遊吉波布里於吉底
- 7古古いにしえゆゆゆ在在ありりり來來きにににけれけれければばば伊爾之邊遊 阿理吉仁家禮婆
- 8凝凝こごしししかもかもかも巖巖いわののの神神かむさびさびさび許其志可毛 伊波能可牟佐備
- 9たまきはるたまきはるたまきわる幾幾いく代代よ經經へにににけむけむけん多末伎波流 伊久代經爾家牟
- 10立立たちちちててて居居いててて見見みれれれどもどもども奇奇あやししし多知底爲底 見禮登毛安夜之
- 11峯峯みね高高だかみみみ谷谷たにををを深深ふかみみみととと彌禰太可美 多爾乎布可美等
- 12落落おちちち激激たぎつつつ淸淸きよききき河内河内こうちににに於知多藝都 吉欲伎可敷知爾
- 13朝朝あさ去去さらららずずず霧霧きり立立たちちち渡渡わたりりり安佐左良受 綺利多知和多利
- 14夕夕ゆうささされれればばば雲居雲居くもい棚棚たな引引びききき由布佐禮婆 久毛爲多奈毗吉
- 15雲居雲居くもいなすなすなす心心こころももも萎萎しぬぬぬににに久毛爲奈須 己許呂毛之努爾
- 16立立たつつつ霧霧きりののの思思おもひひい過過すぐさささずずず多都奇理能 於毛比須具佐受
- 17行行ゆくくく水水みずののの音音おとももも淸淸さやけくけくけく由久美豆乃 於等母佐夜氣久
- 18萬代萬代よろずよににに言言いひひい續續つぎぎぎ行行ゆかかかむむん河河かわししし絶絶たえええずずずははは與呂豆余爾 伊比都藝由可牟 加波之多要受波
- 19立山立山たちやまににに多知夜麻爾短歌
- 20降降ふりりり置置おけけけるるる雪雪ゆきののの布里於家流由伎能
- 21常夏常夏とこなつににに等許奈都爾
- 22消消けずずずてててわたるわたるわたるははは氣受底和多流波
- 23神神かむながらながらながらとととぞぞぞ可無奈我良等曾
- 24落落おちちち激激たぎつつつ於知多藝都短歌
- 25可多加比可多加比かたかい河河がわののの可多加比我波能
- 26絶絶たえええぬぬぬごとごとごと多延奴期等
- 27今今いま見見みるるる人人ひとももも伊麻見流比等母
- 28止止やまままずずず通通かよははわむむん夜麻受可欲波牟
現代語訳
〔4003〕朝日がさして、背後に見える、神そのものとして御名を負っておられる、白雲の千重の重なりを押し分けて天にそびえる高い立山は、冬も夏も区別することなく、真っ白に雪が降り積もって、昔からこうしてあり続けて来たので、ごつごつとして岩の神々しい姿よ。(たまきはる)幾代を経たのだろう。立っても座っても見るけれども霊妙である。峰が高く、谷が深いので、激しく流れ落ちる清らかな川の流域に、朝ごとに霧が立ちこめ、夕方になると雲がたなびき、その雲のように心もしおれるほどに、立つ霧のように思いが消え去ることもなく、流れ行く水の音も清らかに、万代まで言い継いで行こう。川が絶えない限りは。
〔4004〕立山に降り置いた雪が、夏の間も消えずにあり続けるのは、神の山であるからだという。
〔4005〕激しく流れ落ちる片貝川が絶えないように、今見る人も、絶えず通うことだろう。
意訳
家持の立山の賦に、翌日池主が唱和した長歌である。朝日に輝き白雲を押し分けてそびえる立山の神々しさと、万年雪をいただく岩の姿、峰から激しく落ちる川の流れと朝夕の霧や雲を、家持の賦よりも具体的に描き、川が絶えない限り永遠に言い継いでいこうと結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 背向に
- 「そがひに」。背後の方に。
- 神ながら
- 神そのものとして。
- 天そそり
- 天高くそびえて。
- 凝しかも
- 「こごしかも」。ごつごつとして険しいことよ。
- 神さび
- 神々しいさま。
- 奇し
- 「あやし」。霊妙である。
- 落ち激つ
- 「おちたぎつ」。激しく流れ落ちる。
- 河内
- 「かふち」。川の流域。
- 朝去らず
- 毎朝。
- 思ひ過さず
- 思いが消え去らず。
- 消ずて
- 「けずて」。消えずに。
和歌
- 作者
- 大伴池主(生没年未詳(八世紀中頃))
越中掾として国守の大伴家持に仕え、漢文の書簡と歌をさかんに贈り交わした。のち越前掾。天平宝字元年(757)の橘奈良麻呂の変にかかわり、その後の消息は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・4003〜4005番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年4月28日、大伴池主が、家持の立山の賦に唱和した歌。
修辞
- 対句
- 「朝去らず霧立ち渡り」と「夕されば雲居棚引き」。
- 比喩
- 「雲居なす」「立つ霧の」「行く水の」と、立山の景物に寄せて思いを述べる。
解説
4005番は家持の4002番の「可多加比の河の瀨淸く行く水の絶ゆることなく在り通ひ見む」に応じている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、632頁(コマ109)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、742頁(コマ135)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日