古典ライブラリー

万葉集 巻第十七 4000〜4002番

天離る 鄙に名懸かす

大伴家持(おおとものやかもち)

天平19年4月27日、越中守大伴家持が、立山をたたえて詠んだ長歌と短歌二首。越の国には山も川も多いが、国の神が治める新河郡の立山には夏でも雪が降り敷き、片貝川の清い瀬には朝夕ごとに霧が立つ、その霧のように忘れることなく通い続けて毎年遠くから仰ぎ見て、まだ見ない人にも語り草として告げ、名を聞いただけでもうらやましがるようにしようと詠む長歌と、立山に降り置いた雪は夏に見ても飽きない、神の山であるからだろうという歌、片貝川の清い流れのように絶えることなく通って見ようという歌。

夏でも雪をいただく立山と、その麓を流れる片貝川

題詞立山の賦一首并に短歌(此の山は新河郡にあり)

  1. 1天あま天あまあま離ざか離ざかざかるるる鄙ひな鄙ひなひなににに名な名なな懸か懸かかかかかすすす安麻射可流 比奈爾名可加須長歌
  2. 2越こし越こしこしののの中なか中なかなか國內くぬち國內くぬちくぬちことごとことごとことごと古思能奈可 久奴知許登其等
  3. 3山やま山やまやまはははしもしもしも繁しじ繁しじしじにににあれあれあれどもどもども夜麻波之母 之自爾安禮登毛
  4. 4川かは川かはかわはははしもしもしも多さは多さはさわににに逝ゆ逝ゆゆけけけどもどもども加波波之母 佐波爾由氣等毛
  5. 5皇神すめがみ皇神すめがみすめがみののの主宰うしは主宰うしはうしはききき坐いま坐いまいますすす須賣加未能 宇之波伎伊麻須
  6. 6新河にひかは新河にひかはにいかわのののそのそのその立山たちやま立山たちやまたちやまににに爾比可波能 曾能多知夜麻爾
  7. 7常夏とこなつ常夏とこなつとこなつににに雪ゆき雪ゆきゆき降ふ降ふふりりり敷し敷ししきききててて等許奈都爾 由伎布理之伎底
  8. 8帶お帶おおばばばせせせるるる可多加比かたかひ可多加比かたかひかたかい河がは河がはがわののの於婆勢流 可多加比河波能
  9. 9淸きよ淸きよきよききき瀨せ瀨せせににに朝あさ朝あさあさ夕よひ夕よひよいごとごとごとににに伎欲吉瀨爾 安佐欲比其等爾
  10. 10立た立たたつつつ霧きり霧きりきりののの思おも思おもおもひひい過す過すすぎぎぎめめめややや多都奇利能 於毛比須疑米夜
  11. 11在あ在あありりり通がよ通がよがよひひいいやいやいや每年としのは每年としのはとしのはににに安里我欲比 伊夜登之能播仁
  12. 12外よそ外よそよそのみのみのみもももふりふりふり放さ放ささけけけ見み見みみつつつつつつ余增能未母 布利佐氣見都々
  13. 13萬代よろづよ萬代よろづよよろずよののの語かた語かたかたひひい草ぐさ草ぐさぐさととと余呂豆餘能 可多良比具佐等
  14. 14未いま未いまいまだだだ見み見みみぬぬぬ人ひと人ひとひとにににももも告つ告つつげげげむむん伊末太見奴 比等爾母都氣牟
  15. 15音おと音おとおとのみのみのみももも名な名ななのみのみのみももも聞き聞きききききててて羨とも羨ともともしぶるしぶるしぶるがねがねがね於登能未毛 名能未母伎吉底 登母之夫流我禰
  16. 16立山たちやま立山たちやまたちやまににに多知夜麻爾短歌
  17. 17降ふ降ふふりりり置お置おおけけけるるる雪ゆき雪ゆきゆきををを布里於家流由伎乎
  18. 18常夏とこなつ常夏とこなつとこなつににに登己奈都爾
  19. 19見み見みみれれれどもどもども飽あ飽ああかかかずずず見禮等母安可受
  20. 20神かむ神かむかむからからからならならならししし加武賀良奈良之
  21. 21可多加比かたかひ可多加比かたかひかたかいののの可多加比能短歌
  22. 22河かは河かはかわののの瀨せ瀨せせ淸きよ淸きよきよくくく可波能瀨伎欲久
  23. 23行ゆ行ゆゆくくく水みづ水みづみずののの由久美豆能
  24. 24絶た絶たたゆるゆるゆることことことなくなくなく多由流許登奈久
  25. 25在あ在あありりり通がよ通がよがよひひい見み見みみむむむ安里我欲比見牟

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔4000〕(天離る)鄙に名高い越の国の中、国中に山はたくさんあるけれども、川は数多く流れているけれども、国の神が治めておられる新河郡のその立山に、夏の間もずっと雪が降り敷いて、帯のように巡らせている片貝川の清らかな瀬に、朝夕ごとに立つ霧のように、思いが消え去ることがあろうか。通い続けて、毎年、遠くからでも仰ぎ見ながら、万代の語り草として、まだ見ない人にも告げよう。噂だけでも名だけでも聞いて、うらやましく思うように。

〔4001〕立山に降り置いた雪を、夏の間ずっと見ても飽きない。神の山であるからに違いない。

〔4002〕片貝川の瀬が清らかに流れて行く水のように、絶えることなく、通い続けて見よう。

意訳

越中の霊峰立山を讃えた賦である。夏でも雪をいただく立山と、その麓を帯のようにめぐる片貝川を描き、その姿を毎年仰ぎ見て、まだ見ない都の人々にも語り伝え、うらやましがらせようと詠む。上京を目前にした家持が、越中の誇る山を都に伝えようとする心がこもる。

語釈・文法注

文法・本文

名懸かす
「なかかす」。名を負っておられる、名高い。
國內ことごと
「くぬちことごと」。国中すべて。
繁に
「しじに」。たくさん。
多に
「さはに」。数多く。
主宰き坐す
「うしはきいます」。領有して治めておられる。
新河
「にひかは」。越中の新川郡。
帶ばせる
「おばせる」。帯のようにめぐらせている。
可多加比河
「かたかひがは」。今の片貝川。
思ひ過ぎめや
思いが消え去ることがあろうか。
語ひ草
「かたらひぐさ」。語り草。
羨しぶるがね
「ともしぶるがね」。うらやましがるように。
神からならし
神の山であるからに違いない。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。
出典
『万葉集』巻第十七・部立なし・4000〜4002番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平19年4月27日、越中守大伴家持が、立山をたたえて詠んだ歌。

修辞

対句
「山はしも繁にあれども」と「川はしも多に逝けども」、「音のみも」と「名のみも」。
序詞
「可多加比河の淸き瀨に朝夕ごとに立つ霧の」が「思ひ過ぎめや」を導く。4002番の「可多加比の河の瀨淸く行く水の」が「絶ゆることなく」を導く。

解説

「二上山の賦」「布勢水海に遊覧する賦」とともに「越中三賦」と呼ばれる。翌日、大伴池主がこれに唱和した(4003番以下)。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、631頁(コマ108)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、741頁(コマ134)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日