万葉集 巻第十七 3993〜3994番
藤浪は 咲きて散りにき
天平19年4月26日、大伴池主が、家持の「布勢水海に遊覧する賦」に追って唱和した長歌と短歌。藤の花は散り、卯の花は今が盛りで、ほととぎすが山にも野にも鳴き響くので、心ひかれて親しい者どうし馬を連ねて出かけると、射水川の湊の洲鳥が朝なぎにえさをあさり、渋谿の荒磯の崎では寄せる玉藻をかずらにし、布勢の水海に船を浮かべて漕ぎ行くと、乎布の崎には花が散り乱れ、渚には葦鴨が騒ぎ、いくら見ても飽きない、秋は紅葉、春は花の盛りに、君の思うままにこうして見て心を晴らそう、絶える日はないと詠む長歌と、白波の寄せる玉藻のように、いつまでも続けて見に来ようという歌。
題詞敬みて布勢水海に遊覽せる賦に和する一首并に一絶
- 1藤浪藤浪ふじなみははは咲咲さきききててて散散ちりりりにににききき布治奈美波 佐岐底知里爾伎長歌
- 2卯卯うののの花花はなははは今今いまぞぞぞ盛盛さかりととと宇能波奈波 伊麻曾佐可理等
- 3あしひきあしひきあしひきののの山山やまにににももも野野のにににももも安之比奇能 夜麻爾毛野爾毛
- 4ほととぎすほととぎすほととぎす鳴鳴なきききししし響響とよめめめばばば保登等藝須 奈伎之等與米婆
- 5うちうちうち靡靡なびくくく心心こころももも萎萎しぬぬぬににに宇知奈妣久 許己呂毛之努爾
- 6其其そこをををしししもももうらうらうら戀戀ごいしみしみしみととと曾己乎之母 宇良胡非之美等
- 7思思おもふふうどちどちどち馬馬うまうちうちうち群群むれれれててて於毛布度知 宇麻宇知牟禮底
- 8携携たずさはりはりわり出出いででで立立たちちち見見みれれればばば多豆佐波理 伊泥多知美禮婆
- 9射水射水いみず河河がわ湊湊みなとののの洲洲す鳥鳥どり伊美豆河泊 美奈刀能須登利
- 10朝朝あさなぎなぎなぎににに潟潟かたににに求食求食あさりししし安佐奈藝爾 可多爾安佐里之
- 11潮潮しお滿滿みてててばばば妻妻つま喚喚よびびび交交かわすすす思保美底婆 都麻欲比可波須
- 12ともしきともしきともしきににに見見みつつつつつつ過過すぎぎぎ行行ゆききき等母之伎爾 美都追須疑由伎
- 13澁溪澁溪しぶたにののの荒荒あり磯磯そののの埼埼さきににに之夫多爾能 安里蘇乃佐伎爾
- 14沖沖おきつつつ波波なみ寄寄よせせせ來來くるるる玉玉たま藻藻も於枳追奈美 余勢久流多麻母
- 15片片かた寄寄よりりりににに蘰蘰かずらににに作作つくりりり可多與理爾 可都良爾都久理
- 16妹妹いもがががためためため手手てににに纏纏まききき持持もちちちててて伊毛我多米 底爾麻吉母知底
- 17うらぐはしうらぐはしうらぐわし布勢布勢ふせののの水水みず海海うみににに宇良具波之 布勢能美豆宇彌爾
- 18海人海人あま船船ぶねににに眞眞ま楫楫かじかいかいかい貫貫ぬききき阿麻夫禰爾 麻可治加伊奴吉
- 19白妙白妙しろたえののの袖袖そで振振ふりりり反反かえししし之路多倍能 蘇泥布理可邊之
- 20率率あどもひひいててて我我わががが漕漕こぎぎぎ行行ゆけけけばばば阿登毛比底 和賀己藝由氣婆
- 21乎布乎布おうののの埼埼さき花花はな散散ちりりりまがひまがひまがい乎布能佐伎 波奈知利麻我比
- 22渚渚なぎさにににははは葦葦あし鴨鴨がも騷騷さわぎぎぎ奈伎佐爾波 阿之賀毛佐和伎
- 23さざれさざれさざれ波波なみ立立たちちちてててももも居居いてててももも佐射禮奈美 多知底毛爲底母
- 24漕漕こぎぎぎ廻廻めぐりりり見見みれれれどもどもども飽飽あかかかずずず己藝米具利 美禮登母安可受
- 25秋秋あきさらさらさらばばば黃葉黃葉もみじののの時時ときににに安伎佐良婆 毛美知能等伎爾
- 26春春はるさらさらさらばばば花花はなののの盛盛さかりににに波流佐良婆 波奈能佐可利爾
- 27かもかくもかもかくもかもかくも君君きみがががまにままにままにまととと可毛加久母 伎美我麻爾麻等
- 28斯斯かくくくしししこそこそこそ見見みももも明明あきらめらめらめめめめ絶絶たゆるゆるゆる日日ひあらあらあらめめめややや可久之許曾 美母安吉良米々 多由流比安良米也
- 29白白しら波波なみののの之良奈美能短歌
- 30寄寄よせせせくるくるくる玉玉たま藻藻も與世久流多麻毛
- 31世世よののの間間あいだももも余能安比太母
- 32續續つぎぎぎててて見見みににに來來こむむむ都藝底民仁許武
- 33淸淸きよききき濱濱はま傍傍びををを吉欲伎波麻備乎
現代語訳
〔3993〕藤の花は咲いて散ってしまった。卯の花は今が盛りだと、(あしひきの)山にも野にもほととぎすが鳴き響かせるので、(うち靡く)心もしおれるほどに、それをこそ心ひかれて、親しい者どうし馬を連ねて、連れ立って出て見ると、射水川の湊の洲鳥は、朝なぎに干潟でえさをあさり、潮が満ちると妻を呼び交わしている。それを心ひかれつつ見ながら過ぎて行き、渋谿の荒磯の崎に、沖の波が寄せて来る玉藻を、片寄せてかずらに作り、妻のためにと手に巻いて持って、うるわしい布勢の水海に、海人の船に左右の楫を通し、(白妙の)袖を振り返して、連れ立って私たちが漕いで行くと、乎布の崎には花が散り乱れ、渚には葦鴨が騒ぎ、さざ波のように立っても座っても、漕ぎめぐって見ても飽きない。秋になれば紅葉の時に、春になれば花の盛りに、ともかくもあなたの思いのままに、このように眺めて心を晴らそう。絶える日などあろうか。
〔3994〕白波が寄せて来る玉藻のように、いつまでも続けて見に来よう。この清らかな浜辺を。
意訳
家持の「布勢水海に遊覧する賦」に、池主が二日後に追って唱和した長歌である。初夏の景物を連ね、射水川の湊、渋谿の荒磯、布勢の水海へとたどる道筋を家持の賦に重ねて詠み、秋は紅葉、春は花の盛りに、あなたの思うままにいつまでもこうして遊ぼうと、上京を控えた家持との交わりの永続を願う。
語釈・文法注
文法・本文
- 藤浪
- 「ふぢなみ」。藤の花房が波打つさま。藤の花。
- 萎ぬに
- 「しぬに」。しおれるほどに。
- うら戀しみと
- 心ひかれるので。
- 携はり
- 「たづさはり」。連れ立って。
- 洲鳥
- 「すどり」。洲にいる鳥。
- 求食し
- 「あさりし」。えさをあさって。
- ともしき
- 心ひかれる。
- 蘰
- 「かづら」。髪飾り。
- うらぐはし
- 心にしみて美しい。
- 眞楫かい貫き
- 左右の楫を船に通して。
- 率ひて
- 「あどもひて」。引き連れて。
- 乎布の埼
- 「をふのさき」。布勢の水海の岬。
- かもかくも
- ともかくも。
- 見も明らめめ
- 見て心を晴らそう。
- 世の間も
- いつまでも。
- 濱傍
- 「はまび」。浜辺。
和歌
- 作者
- 大伴池主(生没年未詳(八世紀中頃))
越中掾として国守の大伴家持に仕え、漢文の書簡と歌をさかんに贈り交わした。のち越前掾。天平宝字元年(757)の橘奈良麻呂の変にかかわり、その後の消息は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3993〜3994番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年4月26日、大伴池主が、家持の布勢水海遊覧の賦に追って唱和した歌。
修辞
- 対句
- 「朝なぎに潟に求食し」と「潮滿てば妻喚び交す」、「秋さらば黃葉の時に」と「春さらば花の盛に」。
- 序詞
- 3994番の「白波の寄せくる玉藻」が「世の間も續ぎて」を導く。
解説
池主は家持の三賦(二上山・布勢水海・立山)のうち、布勢水海と立山の賦に唱和している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、630頁(コマ108)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、738頁(コマ133)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日