万葉集 巻第十七 3991〜3992番
もののふの 八十伴の緒の
天平19年4月24日、越中守大伴家持が、国府の官人たちと布勢の水海に遊んだことを詠んだ長歌と短歌。親しい官人たちが気晴らしにと馬を並べて、渋谿の崎をめぐり、松田江の長浜を過ぎ、宇奈比川の瀬ごとに鵜飼をして見たが、それでも飽き足りずに布勢の海に船を浮かべて漕ぎめぐると、渚にはあじ鴨の群れが騒ぎ、島のまわりには梢に花が咲いて、まことに清らかな眺めである、毎年このように親しい者どうしで遊ぼうと詠む長歌と、布勢の海の沖の白波のように、通い続けて毎年見て賞美しようという歌。
題詞布勢水海に遊覽する賦一首并に短歌(此の海は射水郡の舊江村にあり)
- 1もののふもののふもののふののの八十八十やそ伴伴ともののの緒緒おののの物能乃敷能 夜蘇等母乃乎能長歌
- 2思思おもふふうどちどちどち心心こころ遣遣やらららむむんととと於毛布度知 許己呂也良武等
- 3馬馬うま竝竝なめめめてててうちくちぶりうちくちぶりうちくちぶりののの宇麻奈米底 宇知久知夫利乃
- 4白白しら波波なみののの荒荒あり磯磯そににに寄寄よするするする之良奈美能 安里蘇爾與須流
- 5澁溪澁溪しぶたにののの埼埼さき徘徊徘徊たもとおりりり之夫多爾能 佐吉多母登保理
- 6松田江松田江まつだえののの長長なが濱濱はま過過すぎぎぎててて麻都太要能 奈我波麻須義底
- 7うなびうなびうなび河河がわ淸淸きよききき瀨瀨せごとごとごとににに宇奈比河波 伎欲吉勢其等爾
- 8鵜鵜う河河かわ立立たちちち右右か往往ゆききき左左かく往往ゆききき宇加波多知 可由吉加久遊岐
- 9見見みつれつれつれどもどもども其其そこももも飽飽あかかかにににととと見都禮騰母 曾許母安加爾等
- 10布勢布勢ふせののの海海うみににに船船ふね浮浮うけけけ居居すゑゑえててて布勢能宇彌爾 布禰宇氣須惠底
- 11沖沖おき邊邊へ漕漕こぎぎぎ邊邊へににに漕漕こぎぎぎ見見みれれればばば於伎弊許藝 邊爾己伎見禮婆
- 12渚渚なぎさにににはははあぢむらあぢむらあじむら騷騷さわぎぎぎ奈藝左爾波 安遲牟良佐和伎
- 13島島しま廻廻みにににははは木末木末こぬれ花花はな咲咲さききき之麻末爾波 許奴禮波奈左吉
- 14許多許多ここばくももも見見みののの淸淸さやけきけきけきかかか許己婆久毛 見乃佐夜氣吉加
- 15玉玉たまくしげくしげくしげ二上二上ふたがみ山山やまににに多麻久之氣 布多我彌夜麻爾
- 16延延はふふう蔦蔦つたののの行行ゆきききははは別別わかれれれずずず波布都多能 由伎波和可禮受
- 17在在ありりり通通がよひひいいやいやいや毎年毎年としのはににに安里我欲比 伊夜登之能波爾
- 18思思おもふふうどちどちどち斯斯かくくくししし遊遊あそばばばむむん今今いまももも見見みるるる如如ごと於母布度知 可久思安蘇婆牟 異麻母見流其等
- 19布勢布勢ふせののの海海うみののの布勢能宇美能短歌
- 20沖沖おきつつつ白白しら波波なみ意枳都之良奈美
- 21在在ありりり通通がよひひい安利我欲比
- 22いやいやいや每年每年としのはににに伊夜登偲能波爾
- 23見見みつつつつつつ偲偲しぬばばばむむん見都追思努播牟
現代語訳
〔3991〕(もののふの)多くの官人たちのうち、親しい者どうしが、心を晴らそうと馬を並べて、うちくちぶりの白波が荒磯に寄せる渋谿の崎を行きめぐり、松田江の長浜を過ぎて、宇奈比川の清らかな瀬ごとに鵜飼をして、あちらへ行きこちらへ行きして見たけれども、それにも飽き足りずに、布勢の海に船を浮かべ据えて、沖の方を漕ぎ、岸の方を漕いで見ると、渚にはあじ鴨の群れが騒ぎ、島のまわりには梢に花が咲いて、なんとまあ見る目に清らかなことか。(玉くしげ)二上山に這う蔦のように、行き別れることなく通い続けて、毎年、親しい者どうしでこのように遊ぼう。今見ているように。
〔3992〕布勢の海の沖の白波のように、通い続けて、毎年見ては賞美しよう。
意訳
越中国府の官人たちとの遊覧を詠んだ賦である。渋谿の崎、松田江の長浜、宇奈比川と海辺の名所を馬でめぐり、さらに布勢の水海に船を浮かべて、渚の鴨や島の花を眺める。上京を控えた家持が、このような遊びを毎年続けたいと願う心がこもる。
語釈・文法注
文法・本文
- 八十伴の緒
- 「やそとものを」。朝廷に仕える多くの官人。
- 心遣らむと
- 気晴らしをしようと。
- うちくちぶり
- 未詳の語。「白波」にかかる枕詞か。
- 徘徊り
- 「たもとほり」。行きめぐって。
- 松田江
- 「まつだえ」。越中の海岸。今の氷見市の松田江浜。
- うなび河
- 宇奈比川。今の氷見市の宇波川とされる。
- 鵜河立ち
- 鵜飼をして。
- 右往き左往き
- 「かゆきかくゆき」。あちらへ行きこちらへ行き。
- あぢむら
- あじ鴨の群れ。
- 木末
- 「こぬれ」。梢。
- 許多も
- 「ここばくも」。なんとまあ。
- 毎年
- 「としのは」。毎年。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3991〜3992番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年4月24日、越中守大伴家持が、布勢の水海の遊覧を詠んだ歌。
修辞
- 序詞
- 「玉くしげ二上山に延ふ蔦の」が「行きは別れず」を導く。3992番の「布勢の海の沖つ白波」が「在り通ひ」を導く。
- 対句
- 「沖邊漕ぎ」と「邊に漕ぎ」、「渚にはあぢむら騷ぎ」と「島廻には木末花咲き」。
解説
布勢の水海は、今の氷見市にあった潟湖で、現在の十二町潟はその名残。家持は越中でたびたびここに遊んだ。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、629頁(コマ107)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、737頁(コマ132)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日