万葉集 巻第十七 3967〜3968番
山峽に 咲ける櫻を
天平19年3月2日、大伴池主が家持の悲歌に答えて、漢文の書簡に添えて贈った歌二首。山あいに咲いている桜をただ一目でもあなたに見せたなら、何を思い悩むことがあろうという歌と、鶯の来て鳴く山吹は、決してあなたの手が触れないままに散ったりはしないだろうという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(掾大伴宿禰池主の報へ贈れる歌二首)
現代語訳
〔3967〕山あいに咲いている桜を、ただ一目でもあなたにお見せしたならば、何を思い悩むことがありましょう。
〔3968〕鶯が来て鳴く山吹は、決してあなたの手が触れないままに、花が散ったりするでしょうか。
意訳
病床の家持の悲歌に、池主が答えて慰めた歌である。山の桜を一目見せれば悩みも晴れるだろうと言い、山吹の花はあなたが手折るまで散らずに待っているだろうと励ます。
語釈・文法注
文法・本文
- 山峽
- 「やまかひ」。山と山の間。
- 見せてば
- 見せたならば。
- うたがたも
- 決して。
- 散らめやも
- 散るだろうか、散りはしない。
和歌
- 作者
- 大伴池主(生没年未詳(八世紀中頃))
越中掾として国守の大伴家持に仕え、漢文の書簡と歌をさかんに贈り交わした。のち越前掾。天平宝字元年(757)の橘奈良麻呂の変にかかわり、その後の消息は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3967〜3968番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平19年3月2日、大伴池主が家持に答えた歌。
修辞
- 反語
- 「何をか思はむ」「花散らめやも」と反語で慰める。
解説
姑洗は三月の異称。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、620頁(コマ103)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、728頁(コマ128)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日