万葉集 巻第十七 3937〜3942番
草枕 旅去にし君が
平群氏女郎が家持に贈った歌十二首の後半六首。旅に出た君が帰る月日を知る手立てもないという歌、こうばかり私は恋い続けるのか、夜の紐も解かずにという歌、里近く君がいたら恋しくはなかったのにむやみに思った私が悔しいという歌、万代までと心を解き合い君が手を取った手を見ながら偲びかねるという歌、鶯の鳴く谷に身を投げて死んでも君を待とうという歌、松の花のように数にも入らない私なのにむやみに咲き続けるという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞平群氏女郎、越中守大伴宿禰家持に贈れる歌十二首
- 1草草くさ枕枕まくら久佐麻久良3937
- 2旅旅たび去去いにににししし君君きみががが多妣伊爾之伎美我
- 3歸歸かえりりりこここむむん可敝里許牟
- 4月月つき日日ひををを知知しらららむむん月日乎之良牟
- 5すべすべすべののの知知しらららなくなくなく須邊能思良難久
- 6かくかくかくのみのみのみややや可久能未也3938
- 7吾吾あががが戀戀こひひいをををらららむむん安我故非浪牟
- 8ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴婆多麻能
- 9夜夜よののの紐紐ひもだにだにだに解解とききき欲流乃比毛太爾
- 10放放さけけけずずずしししててて登吉佐氣受之底
- 11里里さと近近ちかくくく佐刀知加久3939
- 12君君きみががが成成なりりりなななばばば伎美我奈里那婆
- 13戀戀こひひいめめめやややととと古非米也等
- 14もとなもとなもとな思思おもひひいししし母登奈於毛比此
- 15吾吾あれぞぞぞ悔悔くやしきしきしき安連曾久夜思伎
- 16萬萬よろず代代よととと餘呂豆代等3940
- 17心心こころははは解解とけけけててて許己呂乎波刀氣底
- 18我我わががが背背せ子子こががが和我世古我
- 19捫捫つみみみししし手手て見見みつつつつつつ都美之手見都追
- 20忍忍しのびびびかねかねかねつつつももも志乃備加禰都母
- 21鶯鶯うぐいすののの鶯能3941
- 22鳴鳴なくくくくらくらくら谷谷たにににに奈久々良多爾々
- 23うちうちうちはめはめはめててて宇知波米底
- 24燒燒やけけけははは死死しぬぬぬともともとも夜氣波之奴等母
- 25君君きみをををししし待待またたたむむん伎美乎之麻多武
- 26松松まつののの花花はな麻都能波奈3942
- 27花花はな數數かずにににしもしもしも花可受爾之毛
- 28我我わががが背背せ子子こががが和我勢故我
- 29思思おもへへえらららなくなくなくににに於母敝良奈久爾
- 30もとなもとなもとな咲咲さきききつつつつつつ母登奈佐吉都追
現代語訳
〔3937〕(草枕)旅に出て行ったあなたが帰って来る月日を、知る手立てもわからないことです。
〔3938〕こうしてばかり私は恋い続けているのでしょうか。(ぬばたまの)夜の紐さえ解き放たずに。
〔3939〕里の近くにあなたがいたなら、恋しく思うことがあろうかと、むやみに思っていた私が悔しいことです。
〔3940〕万代までもと心を許して、わが君が握った手を見ながら、偲びきれないことです。
〔3941〕鶯の鳴く谷に身を投げて、たとえ焼け死のうとも、あなたを待ちましょう。
〔3942〕松の花のように、花の数にも私をわが君は思ってくださらないのに、むやみに咲き続けることです。
意訳
平群氏女郎の歌の後半である。帰る日もわからない人を待ち、共寝もせずに恋い続け、近くにいた頃は恋しくなるとは思わなかったと悔やむ。手を取り合った思い出をたどり、谷に身を投げても待とうとまで言い、自分を数にも入れてくれない人を思い続ける自分を松の花にたとえる。
語釈・文法注
文法・本文
- すべの知らなく
- 手立てもわからない。
- 紐だに解き放けずして
- 紐さえ解き放たずに。共寝をしないこと。
- もとな
- むやみに。
- 捫みし手
- 「つみして」。握った手。
- くら谷
- 深い谷。
- うちはめて
- 身を投げ入れて。
- 花數
- 「はなかず」。花の数、人数のうち。
和歌
- 作者
- 平群氏女郎(生没年未詳(八世紀中頃))
越中守として赴任していた大伴家持に、十二首の恋の歌を贈った女性。巻十七に載る。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3937〜3942番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 平群氏女郎が越中守大伴家持に贈った歌。
修辞
- 誇張
- 3941番は谷に身を投げても待とうと詠む。
解説
左注によれば、十二首は一度に送られたのではなく、折々の便りに託したものである。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、615頁(コマ100)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、721頁(コマ124)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日