万葉集 巻第十七 3931〜3936番
君により 吾が名はすでに
平群氏女郎が越中守大伴家持に贈った恋の歌十二首の前半六首。君のために私の名はもう噂になり、竜田山のように絶えた恋が募るという歌、須磨の海人が焼く塩のような辛い恋をするという歌、生きながらえて後に逢おうと思えばこそ露の命もつないでいるという歌、いっそ死ねば楽だが君に逢えずに久しくなればどうしようもないという歌、隠沼の下で恋いあまって白波のようにはっきり人に知られそうだという歌、草枕の旅にしばしばこうして君を遣りながら私は恋い続けるのかという歌。
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題詞平群氏女郎、越中守大伴宿禰家持に贈れる歌十二首
- 1君君きみににによりよりより吉美爾餘里3931
- 2吾吾わががが名名なはははすでにすでにすでに吾名波須泥爾
- 3立田立田たつた山山やま多都多山
- 4絕絕たえええたるたるたる戀戀こいののの絕多流孤悲乃
- 5しげきしげきしげき頃頃ころかもかもかも之氣吉許呂可母
- 6須磨須磨すま人人びとののの須麻比等乃3932
- 7海海うみ邊邊べ常常つね去去さらららずずず海邊都禰佐良受
- 8燒燒やくくく鹽鹽しおののの夜久之保能
- 9辛辛からききき戀戀こいをををももも可良吉戀乎母
- 10吾吾あれはははするするするかもかもかも安禮波須流香物
- 11ありありありさりさりさりててて阿里佐利底3933
- 12後後のちももも逢逢あははわむむんととと能知毛相牟等
- 13思思おもへへえこそこそこそ於母倍許曾
- 14露露つゆののの命命いのちももも都由能伊乃知母
- 15つぎつぎつぎつつつつつつ渡渡わたれれれ都藝都追和多禮
- 16なかなかなかなかなかなかににに奈加奈可爾3934
- 17死死しなななばばば安安やすけけけむむん之奈婆夜須家牟
- 18君君きみががが目目めををを伎美我目乎
- 19見見みずずず久久ひさならならならばばば美受比佐奈良婆
- 20術術すべなかるなかるなかるべしべしべし須敝奈可流倍思
- 21隱隱こもり沼沼ぬののの許母利奴能3935
- 22下下したゆゆゆ戀戀こひひいあまりあまりあまり之多由孤悲安麻里
- 23白白しら波波なみののの志良奈美能
- 24いちじろくいちじろくいちじろく出出いでででぬぬぬ伊知之路久伊泥奴
- 25人人ひとののの知知しるるるべくべくべく比登乃師流倍久
- 26草草くさ枕枕まくら久佐麻久良3936
- 27旅旅たびにににしばしばしばしばしばしば多妣爾之婆之婆
- 28斯斯かくくくのみのみのみややや可久能未也
- 29君君きみををを遣遣やりりりつつつつつつ伎美乎夜利都追
- 30吾吾あががが戀戀こひひいをををらららむむん安我孤悲乎良牟
現代語訳
〔3931〕あなたのために、私の名はもう立ってしまった。竜田山のように絶えていた恋が、しきりになる頃であろうか。
〔3932〕須磨の海人が、海辺にいつも離れずに焼く塩のように、辛い恋を私はすることだ。
〔3933〕生きながらえて後にも逢おうと思えばこそ、露のようにはかない命もつなぎながら過ごしているのです。
〔3934〕いっそ死んでしまえば安らかでしょう。あなたに逢わずに久しくなったら、どうしようもないでしょう。
〔3935〕隠沼のように心の内で恋い慕いあまって、白波のようにはっきりと表に出てしまった。人が知ってしまうほどに。
〔3936〕(草枕)旅にたびたび、このようにばかりあなたを送り出しながら、私は恋い続けているのだろうか。
意訳
越中に赴任した家持に、平群氏女郎が折々の便りに託して贈った恋の歌である。家持のために噂が立ち、須磨の塩のように辛い恋をし、後に逢えると思えばこそ命をつないでいると訴える。いっそ死ねば楽だとまで言い、隠していた恋が人に知られそうだと嘆き、旅立つ人を送るばかりの身を悲しむ。
語釈・文法注
文法・本文
- 立田山
- 「たつたやま」。「絕え」を導く。
- ありさりて
- 生きながらえて。
- 露の命
- はかない命。
- なかなかに
- いっそ。
- 隱沼
- 「こもりぬ」。草に隠れた沼。「下」を導く。
- いちじろく
- はっきりと。
和歌
- 作者
- 平群氏女郎(生没年未詳(八世紀中頃))
越中守として赴任していた大伴家持に、十二首の恋の歌を贈った女性。巻十七に載る。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3931〜3936番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 平群氏女郎が越中守大伴家持に贈った歌。
修辞
- 序詞
- 3932番の「須磨人の海邊常去らず燒く鹽の」が「辛き」を導く。
解説
平群氏女郎は家持と交際のあった女性で、巻第十七に十二首が残る。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、615頁(コマ100)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、720頁(コマ124)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日