万葉集 巻第十七 3943〜3950番
秋の田の 穗向見がてり
天平18年8月7日の夜、越中守大伴家持の館での宴の歌八首。秋の田の穂の向きを見がてら手折ってきた女郎花かという家持の歌、女郎花の咲く野辺を巡って君を思って来たという池主の歌、秋の夜は明かそう、妹の衣を着たいという池主の歌、ほととぎすは過ぎて岡辺から秋風が吹くという池主の歌、今朝は秋風が寒く雁の来る時が近いかという家持の歌、鄙に月日がたったが結んだ紐を解かないという家持の歌、鄙にある私をうたがって紐を解いて思うのかという池主の歌、家で結んだ紐を解かずに思う心を誰が知ろうという家持の歌。
題詞八月七日の夜、守大伴宿禰家持の館に集ひて宴する歌
- 1秋秋あきののの田田たののの秋田乃3943 家持
- 2穗穗ほ向向むき見見みがてりがてりがてり穗牟伎見我底利
- 3我我わががが兄兄せ子子こががが和我勢古我
- 4ふさふさふさ手手た折折おりりりけるけるける布佐多乎里家流
- 5女郎花女郎花おみなえしかもかもかも乎美奈敝之香物
- 6をみなへしをみなへしおみなえし乎美奈敝之3944 池主
- 7咲咲さきききたるたるたる野野の邊邊べををを左伎多流野邊乎
- 8行行ゆきききめぐりめぐりめぐり由伎米具利
- 9君君きみををを思思おもひひい出出いででで吉美乎念出
- 10徘徊徘徊たもとおりりり來來きぬぬぬ多母登保里伎奴
- 11秋秋あきののの夜夜よははは安吉能欲波3945 池主
- 12曉曉あかとき寒寒さむししし阿加登吉左牟之
- 13白白しろ妙妙たえののの思路多倍乃
- 14妹妹いもががが衣衣ころも手手で妹之衣袖
- 15著著きむむむよしよしよしもももがががももも伎牟餘之母我毛
- 16ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須3946 池主
- 17鳴鳴なきききててて過過すぎぎぎにににししし奈伎底須疑爾之
- 18岡岡おか傍傍びからからから乎加備可良
- 19秋秋あき風風かぜ吹吹ふきききぬぬぬ秋風吹奴
- 20よしよしよしもももあらあらあらなくなくなくににに余之母安良奈久爾
- 21今朝今朝けさののの朝朝あさけけけ氣佐能安佐氣3947 家持
- 22秋秋あき風風かぜ寒寒さむししし秋風左牟之
- 23遠遠とおつつつ人人ひと登保都比等
- 24雁雁かりががが來來き鳴鳴なかかかむむん加里我來鳴牟
- 25時時とき近近ちかみみみかもかもかも等伎知可美香物
- 26天天あまざかるざかるざかる安麻射可流3948 家持
- 27鄙鄙ひなににに月月つき歷歷えぬぬぬ比奈爾月歷奴
- 28然然しかれれれどもどもども之可禮登毛
- 29結結ゆひひいてててししし紐紐ひもををを由比底之紐乎
- 30解解ときききももも開開あけけけなくなくなくににに登伎毛安氣奈久爾
- 31天天あまざかるざかるざかる安麻射加流3949 池主
- 32鄙鄙ひなにににあるあるある我我われををを比奈爾安流和禮乎
- 33うたがたうたがたうたがたももも宇多我多毛
- 34紐紐ひも解解とききき放放さけけけててて比母登吉佐氣底
- 35思思おもほほおすすすらめらめらめややや於毛保須良米也
- 36家家いえにににしししててて伊弊爾之底3950 家持
- 37結結ゆひひいてててししし紐紐ひもををを由比底師比毛乎
- 38解解とききき放放さけけけずずず登吉佐氣受
- 39念念おもふふう心心こころををを念意緒
- 40誰誰たれかかか知知しらららむむんももも多禮賀思良牟母
現代語訳
〔3943〕秋の田の稲穂の向きを見がてら、わが友がどっさり手折って来た女郎花であることよ。
〔3944〕女郎花の咲いている野辺を行き巡り、あなたを思い出して、さまよいながらやって来ました。
〔3945〕秋の夜は明け方が寒い。白妙の妹の衣を着るすべがあればよいのに。
〔3946〕ほととぎすが鳴いて過ぎて行った岡のあたりから、秋風が吹いて来た。よりどころもないのに。
〔3947〕今朝の夜明けは秋風が寒い。遠くから来る雁が来て鳴く時が近いからだろうか。
〔3948〕(天ざかる)鄙の地で月日がたった。けれども妻と結び合った紐を、解いてもいないのに。
〔3949〕(天ざかる)鄙にいる私を、まさか紐を解いて打ち解けていると、お思いになるでしょうか。
〔3950〕家で結び合った紐を解き放たずに、妻を思う心を、誰が知るだろうか。
意訳
越中国府の家持の館で、部下の大伴池主らと開いた秋の夜の宴の歌である。女郎花を手折って来た池主をたたえる歌から始まり、秋風の寒さ、雁の来る季節、ほととぎすの去った寂しさを詠み、都に残した妻と結んだ紐を解かずに慕う心を、家持と池主が詠み交わす。
語釈・文法注
文法・本文
- 穗向
- 「ほむき」。稲穂の向き。
- ふさ手折り
- どっさり手折る。
- 徘徊り
- 「たもとほり」。さまよって。
- よしもあらなくに
- よりどころもないのに。
- 遠つ人
- 「雁」にかかる枕詞。
- うたがたも
- まさか、決して。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3943〜3950番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平18年8月7日の夜、越中守大伴家持の館での宴の歌。
修辞
- 唱和
- 家持と池主が詠み交わす。
解説
大伴池主は越中掾で、家持の越中時代を通じて最も親しい歌友であった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、616頁(コマ101)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、721頁(コマ124)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日