古典ライブラリー

万葉集 巻第十七 3911〜3913番

あしひきの 山邊に居れば

大伴家持(おおとものやかもち)

天平13年4月3日、恭仁京にいた大伴家持が、奈良の弟書持に答えて贈った歌三首。山辺にいるとほととぎすが木の間で鳴かない日はないという歌、ほととぎすはどういう心で橘の玉を貫く月に来て鳴くのかという歌、ほととぎすが楝の枝に行って止まれば花が散るだろう、玉と見るまで散るなという歌。

恭仁京の山辺で、ほととぎすが楝の枝にとまっている

題詞橙橘初めて咲き、霍鳥翻り嚶く。此の時候に對して、詎ぞ志を暢べざらむ。因りて三首の短歌を作りて、以て鬱結の緒を散ずるのみ

  1. 1あしひきあしひきあしひきののの安之比奇能3911
  2. 2山やま山やまやま邊べ邊べべににに居を居をおれれればばば山邊爾乎禮婆
  3. 3ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須
  4. 4木こ木ここののの間ま間まま立た立たたちちち潛く潛くくききき木際多知久吉
  5. 5鳴な鳴ななかかかぬぬぬ日ひ日ひひはははなしなしなし奈可奴日波奈之
  6. 6ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須3912
  7. 7何なに何なになにののの心こころ心こころこころぞぞぞ奈爾乃情曾
  8. 8橘たちばな橘たちばなたちばなののの多知花乃
  9. 9珠たま珠たまたま貫ぬ貫ぬぬくくく月つき月つきつきししし多麻奴久月之
  10. 10來き來きき鳴な鳴ななきききとよむとよむとよむるるる來鳴登餘牟流
  11. 11ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須3913
  12. 12あふちあふちおうちののの枝えだ枝えだえだににに安不知能枝爾
  13. 13行ゆ行ゆゆきききててて居ゐ居ゐいばばば由吉底居者
  14. 14花はな花はなはなははは散ち散ちちらららむむんななな花波知良牟奈
  15. 15珠たま珠たまたまととと見み見みみるるるまでまでまで珠登見流麻泥

引用の仕方

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現代語訳

〔3911〕(あしひきの)山辺にいると、ほととぎすが木の間を飛びくぐって鳴かない日はない。

〔3912〕ほととぎすは、どういう心なのか、橘の実を玉として緒に貫く月に、来て鳴き響かせるのは。

〔3913〕ほととぎすよ、楝の枝に行って止まったなら、花は散ってしまうだろう。玉と見るまでは散らないでおくれ。

意訳

恭仁京にいた家持が、奈良の弟書持から贈られたほととぎすの歌(3909・3910番)に答えて詠んだ歌である。山辺の住まいでは毎日ほととぎすが鳴くと伝え、橘の実を玉に貫く五月に鳴くほととぎすを詠み、楝の花を散らさないでほしいと願う。

語釈・文法注

文法・本文

木の間立ち潛き
「このまたちくき」。木の間をくぐって飛び。
珠貫く月
橘の実や楝の花を玉として緒に貫く五月。
とよむる
鳴き響かせる。
あふち
楝。せんだん。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。
出典
『万葉集』巻第十七・部立なし・3911〜3913番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平13年4月3日、内舎人大伴家持が恭仁京から弟書持に答えた歌。

修辞

唱和
書持の歌の「楝」「橘」を受けて答える。

解説

題詞は漢文で、初夏の時候に心を述べようとして作ったと記す。

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出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、610頁(コマ98)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、716頁(コマ122)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日