古典ライブラリー

万葉集 巻第十七 3901〜3906番

み冬つぎ 春はきたれど

大伴家持(おおとものやかもち)

天平12年(740)、大伴家持が、かつて大宰府で父旅人が催した梅花の宴の歌(巻第五)に追和した歌六首。冬が過ぎて春は来たが梅の花を君と見られないので折る人もないという歌、梅の花は山に茂って咲いてもこれほど見ても飽きないという歌、春雨に芽吹いた柳か梅の花かという歌、梅の花をいつまでも折り飽きないという歌、楽しい庭で梅や柳を折って髪に挿せば思いもないという歌、御苑の多くの梅の散る花が空に舞い上がって雪のように降ったのかという歌。

梅の花の散る庭で、若者たちが枝を髪に挿している

題詞太宰の時の梅花に追和せる新歌六首

  1. 1みみみ冬ふゆ冬ふゆふゆつぎつぎつぎ民布由都藝3901
  2. 2春はる春はるはるはははきたれきたれきたれどどど芳流波吉多禮登
  3. 3梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはな烏梅能芳奈
  4. 4君きみ君きみきみにににしししあらあらあらねねねばばば君爾之安良禰婆
  5. 5折を折をおるるる人ひと人ひとひともももなしなしなし遠久人毛奈之
  6. 6梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはな烏梅乃花3902
  7. 7みみみ山やま山やまやまととと繁しみ繁しみしみににに美夜萬等之美爾
  8. 8有あ有あありりりともともともややや安里登母也
  9. 9斯か斯かかくくくのみのみのみ君きみ君きみきみははは如此乃未君波
  10. 10見み見みみれれれどどど飽あ飽ああかかかにににせせせむむん見禮登安可爾勢牟
  11. 11春はる春はるはる雨さめ雨さめさめににに春雨爾3903
  12. 12萌も萌ももえええししし楊やなぎ楊やなぎやなぎかかか毛延之楊奈疑可
  13. 13梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはな烏梅乃花
  14. 14ともともともににに後おく後おくおくれれれぬぬぬ登母爾於久禮奴
  15. 15常つね常つねつねののの物もの物ものものかもかもかも常乃物香聞
  16. 16梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはな宇梅能花3904
  17. 17何時いつ何時いついつははは折を折をおらららじじじととと伊都波乎良自等
  18. 18厭いと厭いといとははわねねねどどど伊登波禰登
  19. 19咲さき咲さきさきののの盛さかり盛さかりさかりははは佐吉乃盛波
  20. 20惜を惜をおしきしきしきものものものなりなりなり乎思吉物奈利
  21. 21遊あそ遊あそあそぶぶぶ內うち內うちうちののの遊內乃3905
  22. 22樂たぬ樂たぬたぬしきしきしき庭には庭にはにわににに多努之吉庭爾
  23. 23梅うめ梅うめうめ柳やなぎ柳やなぎやなぎ梅柳
  24. 24折を折をおりりりかざしかざしかざしてててばばば乎理加謝思底婆
  25. 25思おもひ思おもひおもい無な無ななみみみかもかもかも意毛比奈美可毛
  26. 26御み御みみ苑その苑そのその生ふ生ふふののの御苑布能3906
  27. 27百もも百もももも木き木ききののの梅うめ梅うめうめののの百木乃宇梅乃
  28. 28散ち散ちちるるる花はな花はなはなののの落花之
  29. 29天あめ天あめあめににに飛と飛ととびびびあがりあがりあがり安米爾登妣安我里
  30. 30雪ゆき雪ゆきゆきととと降ふ降ふふりりりけむけむけん雪等敷理家牟

引用の仕方

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現代語訳

〔3901〕冬が過ぎ去って春はやって来たけれど、梅の花は、あなたがいないので、手折る人もいない。

〔3902〕梅の花は、み山に茂るほど咲いていようとも、これほどにあなたは見ても飽きないとなさるのだろうか。

〔3903〕春雨に芽吹いた柳であろうか。梅の花とともに遅れずに咲く、いつもの物であることよ。

〔3904〕梅の花を、いつまでも折るまいと思って厭うわけではないが、咲いている盛りは、惜しいものである。

〔3905〕遊びの場の楽しい庭で、梅や柳を折って髪に挿したならば、思い悩むことはないだろう。

〔3906〕御苑の多くの梅の木の散る花が、天に飛び上がって、雪となって降ったのだろうか。

意訳

天平2年正月に大宰府の大伴旅人邸で催された梅花の宴の歌三十二首(巻第五)に、10年後に子の家持が追和した歌である。宴の主であった旅人はすでに亡く、梅を手折る人もいないと嘆く歌から始まり、梅と柳をかざして遊んだ宴をしのぶ。3906番は旅人の「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」(822番)に和したもの。

語釈・文法注

文法・本文

み冬つぎ
冬が過ぎて。
しみに
茂るほどに。
飽かにせむ
飽きないとなさるのか。
遊ぶ內
遊びの場。
御苑生
「みそのふ」。庭園。
百木
「ももき」。多くの木。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守・少納言・兵部少輔などを歴任し、晩年は中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した歌人で、その編纂にも深く関わったとされる。繊細で感傷的な歌風は、万葉集の第4期を代表する。百人一首の第6首の作者でもある。
出典
『万葉集』巻第十七・部立なし・3901〜3906番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平12年11月9日、大伴家持が大宰府の梅花の宴の歌に追和した歌。

修辞

追和
先人の歌に後から唱和する。

解説

家持が父旅人の梅花の宴を慕って追和した歌群で、家持の文学的出発を示す。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、610頁(コマ98)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、714頁(コマ121)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日