万葉集 巻第十七 3907〜3908番
山城の 久邇の都は
天平13年(741)、境部老麻呂が恭仁京(三香原の新都)をたたえた長歌と反歌。久邇の都は春は花が咲き乱れ秋は紅葉が照り映え、都をめぐる泉川の上の瀬には板橋を、淀んだ瀬には浮橋を渡して、通い続けてお仕えしよう、万代までもと詠み、反歌では泉川の流れが絶えないように仕えようと詠む。
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題詞三香原の新都を讃むる歌一首并に短歌
- 1山城山城やましろののの久邇久邇くにののの都都みやこははは山背乃 久爾能美夜古波長歌
- 2春春はるささされれればばば花花はな咲咲さきききををりををりおおり春佐禮播 花咲乎乎理
- 3秋秋あきささされれればばば黃葉黃葉もみちにほひにほひにおい秋佐禮婆 黃葉爾保比
- 4帶帶おばばばせせせるるる泉泉いずみののの河河かわののの於婆勢流 泉河乃
- 5上上かみつつつ瀨瀨せにににうちうちうち橋橋はしわたしわたしわたし可美都瀨爾 宇知橋和多之
- 6淀淀よど瀨瀨せにににははは浮浮うき橋橋はし渡渡わたししし余登瀨爾波 宇枳橋和多之
- 7在在ありりり通通がよひひい仕仕つかへへえまつらまつらまつらむむん萬萬よろず代代よまでまでまでににに安里我欲比 都可倍麻都良武 萬代麻底爾
- 8楯楯たた竝竝なめめめててて楯並而反歌
- 9泉泉いずみののの河河かわののの伊豆美乃河波乃
- 10水脈水脈みお絕絕たえええずずず水緒多要受
- 11仕仕つかへへえまつらまつらまつらむむん都可倍麻都良牟
- 12大大おお宮宮みや所所どころ大宮所
現代語訳
〔3907〕山城の久邇の都は、春になると花が咲きたわみ、秋になると紅葉が照り映える。都を帯のようにめぐる泉川の上の瀬には板橋を渡し、淀んだ瀬には浮橋を渡して、通い続けてお仕えしよう、万代までも。
〔3908〕(楯竝めて)泉川の水脈が絶えないように、絶えることなくお仕えしよう、この大宮所に。
意訳
聖武天皇が天平12年末に遷都した恭仁京をたたえる歌である。春の花と秋の紅葉に彩られた新都を、泉川(木津川)に橋を架けて通いながら万代まで仕えようと詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 久邇の都
- 「くにのみやこ」。恭仁京。今の京都府木津川市加茂町。
- 花咲きををり
- 花が咲いて枝がたわみ。
- 帶ばせる
- 「おばせる」。帯のようにめぐらせている。
- 泉の河
- 「いづみのかは」。木津川。
- うち橋
- 板を渡した簡単な橋。
- 楯竝めて
- 「たたなめて」。「泉(い)」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 境部老麻呂(生没年未詳(八世紀前半))
伝未詳。巻十七に、新しい都の恭仁京をたたえる長歌と反歌を残す。 - 出典
- 『万葉集』巻第十七・部立なし・3907〜3908番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平13年2月、右馬頭境部老麻呂が恭仁京をたたえて詠んだ歌。
修辞
- 対句
- 「春されば花咲きををり」と「秋されば黃葉にほひ」、「上つ瀨にうち橋わたし」と「淀瀨には浮橋渡し」。
解説
恭仁京は天平16年まで都であった。巻第六にも恭仁京をたたえる田辺福麻呂の歌がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、611頁(コマ98)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、715頁(コマ121)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日