万葉集 巻第十六 3825〜3831番
食薦敷き 蔓菁煮持ち來
長意吉麻呂が与えられた題の物の名を詠みこんだ即興の歌七首。行縢・蔓菁・食薦・屋梁を詠む歌、荷葉を詠む歌、双六の采を詠む歌、香・塔・厠・屎・鮒・奴を詠む歌、酢・醬・蒜・鯛・水葱を詠む歌、玉掃・鎌・天木香・棗を詠む歌、白鷺が木をくわえて飛ぶのを詠む歌。
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題詞(長忌寸意吉麻呂の歌八首)
- 1食薦食薦すごも敷敷しききき食薦敷3825 行縢・蔓菁・食薦・屋梁
- 2蔓菁蔓菁あおな煮煮に持持もちちち來來こ蔓菁煮將來
- 3梁梁うつはりににに梁爾
- 4行縢行縢むかばき懸懸かけけけててて行縢懸而
- 5息息やすむむむ此此こののの公公きみ息此公
- 6蓮蓮はちす葉葉ばははは蓮葉者3826 荷葉
- 7斯斯かくくくこそこそこそあるあるあるものものもの如是許曾有物
- 8意吉麻呂意吉麻呂おきまろががが意吉麻呂之
- 9家家いえなるなるなるものものものははは家在物者
- 10芋芋うもののの葉葉はにににあらあらあらししし宇毛乃葉爾有之
- 11一二一二いちにののの一二之3827 雙六の頭
- 12目目めのみのみのみにににあらあらあらずずず目耳不有
- 13五六三五六三ごろくさむ五六三
- 14四四しさへさへさえありありありけりけりけり四佐倍有
- 15雙六雙六すぐろくののの采采さえ雙六乃佐叡
- 16香香こう塗塗ぬれれれるるる香塗流3828 香・塔・厠・屎・鮒・奴
- 17塔塔とうにににななな依依よりりりそそそ塔爾莫依
- 18川川かわ隅隅くまののの川隅乃
- 19屎屎くそ鮒鮒ぶな喫喫はめめめるるる屎鮒喫有
- 20痛痛いたききき女女め奴奴やつこ痛女奴
- 21醬酢醬酢ひしおすににに醬酢爾3829 酢・醬・蒜・鯛・水葱
- 22蒜蒜ひる搗搗つききき合合かてててててて蒜都伎合而
- 23鯛鯛たい願願ねがふふう鯛願
- 24吾吾われにににななな見見みせせせそそそ吾爾勿所見
- 25水葱水葱なぎののの羹羹あつもの水葱乃煮物
- 26玉掃玉掃たまわわき玉掃3830 玉掃・鎌・天木香・棗
- 27苅苅かりりり來來こ鎌麻呂鎌麻呂かままろ苅來鎌麻呂
- 28室室むろののの樹樹きととと室乃樹與
- 29棗棗なつめががが本本もとををを棗本
- 30かきかきかき掃掃はかかかむむん爲爲ため可吉將掃爲
- 31池神池神いけがみののの池神3831 白鷺の木を啄ひて飛ぶ
- 32力士儛力士儛りきしまいかもかもかも力士儛可母
- 33白鷺白鷺しらさぎののの白鷺乃
- 34桙桙ほこ啄啄くひひい持持もちちちててて桙啄持而
- 35飛飛とびびびわたるわたるわたるらむらむらん飛渡良武
現代語訳
〔3825〕食薦を敷いて蔓菁を煮て持って来い。梁に行縢を懸けて休んでいるこのお方に。
〔3826〕蓮の葉とはこのようなものであるのか。意吉麻呂の家にあるものは、芋の葉であるらしい。
〔3827〕一二の目だけではない。五六三、四までもあったのだ、双六の采には。
〔3828〕香を塗った塔に寄りついてはいけない。川の隅の屎鮒を食べた、ひどい女奴よ。
〔3829〕醤酢に蒜をつき混ぜて鯛を食べたいと願う私に、見せてくれるな、水葱の吸い物など。
〔3830〕玉箒を刈って来い、鎌麻呂よ。むろの木と棗の木の根もとを掃くために。
〔3831〕池の神の力士舞であろうか。白鷺が桙をくわえて飛び渡っていくようだ。
意訳
長意吉麻呂が宴席で与えられた物の名を即座に詠みこんだ戯れの歌である。食器や農具、食べ物、遊び道具から、塔や厠、屎まで、雅俗さまざまな物を一首の中に巧みに詠みこみ、笑いを誘う。3831番は、白鷺が木の枝をくわえて飛ぶ姿を、伎楽の力士舞で桙を持って舞う姿に見立てる。
語釈・文法注
文法・本文
- 食薦
- 「すごも」。食事の時に敷く薦。
- 蔓菁
- 「あをな」。かぶ。
- 梁
- 「うつはり」。家の梁。
- 行縢
- 「むかばき」。脚に着ける覆い。
- 采
- 「さえ」。さいころ。
- 屎鮒
- 「くそぶな」。汚い鮒。
- 女奴
- 「めやつこ」。女の奴婢。
- 醬酢
- 「ひしほす」。醤と酢。
- 水葱の羹
- 「なぎのあつもの」。水葱の吸い物。
- 玉掃
- 「たまははき」。ほうき草。
- 室の樹
- 「むろのき」。ねずの木。天木香と書く。
- 力士儛
- 「りきしまひ」。伎楽の力士の舞。
和歌
- 作者
- 長意吉麻呂(7世紀後半〜8世紀初め)
長忌寸意吉麻呂(奥麻呂)。持統・文武天皇の時代の歌人。宴席で即興の歌や、物の名を詠みこむ機知に富んだ歌を多く詠んだ。 - 出典
- 『万葉集』巻第十六・雑歌・3825〜3831番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 長意吉麻呂が宴席で物の名を詠みこんで作った即興の歌。
修辞
- 物名
- 与えられた物の名を詠みこむ。
- 見立て
- 3831番は白鷺を力士舞に見立てる。
解説
これらの歌は宴席の座興として作られたもので、巻第十六の戯笑歌を代表する。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、591頁(コマ88)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、693頁(コマ110)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日