万葉集 巻第十五 3779〜3785番
わが宿の 花橘は
中臣宅守が花と鳥に寄せて思いを述べた歌七首で、巻第十五の終わり。わが家の花橘は見る人もなく散っているだろうという歌と、物思いの時に来て鳴くほととぎすを詠む六首。恋い死にするなら死ねというのか、むやみに鳴くな恋がまさる、旅で妻を恋うているとわが住む里を鳴き渡る、心ない鳥だ、しばらく鳴くのをやめよ、など。
場面イラスト(準備中)
題詞中臣朝臣宅守、花鳥に寄せ思を陳べて作れる歌
- 1わわわががが宿宿やどののの和我夜度乃3779
- 2花花はな橘橘たちばなははは波奈多知婆奈波
- 3いたづらいたづらいたずらににに伊多都良爾
- 4散散ちりりりかかか過過すぐぐぐらむらむらん知利可須具良牟
- 5見見みるるる人人ひと無無なしししににに見流比等奈思爾
- 6戀戀こひひい死死しなななばばば古非之奈婆3780
- 7戀戀こひひいももも死死しねねねとととややや古非毛之禰等也
- 8ほととぎすほととぎすほととぎす保等登藝須
- 9物物もの思思もふふう時時ときににに毛能毛布等伎爾
- 10來來き鳴鳴なききき響響とよむるむるむる伎奈吉等余牟流
- 11旅旅たびにににしししててて多婢爾之弖3781
- 12物物もの思思もふふう時時ときににに毛能毛布等吉爾
- 13ほととぎすほととぎすほととぎす保等登藝須
- 14もとなもとなもとな勿勿な鳴鳴なきききそそそ毛等奈那難吉曾
- 15吾吾あががが戀戀こいまさるまさるまさる安我古非麻左流
- 16雨雨あま隱隱ごもりりり安麻其毛理3782
- 17物物もの思思もふふう時時ときににに毛能母布等伎爾
- 18ほととぎすほととぎすほととぎす保等登藝須
- 19わわわががが住住すむむむ里里さとににに和我須武佐刀爾
- 20來來き鳴鳴なききき響響とよもすもすもす伎奈伎等余母須
- 21旅旅たびにににしししててて多婢爾之弖3783
- 22妹妹いもににに戀戀こふれふれうればばば伊毛爾古布禮婆
- 23ほととぎすほととぎすほととぎす保登等伎須
- 24わわわががが住住すむむむ里里さとににに和我須武佐刀爾
- 25此此こよよよ鳴鳴なききき渡渡わたるるる許欲奈伎和多流
- 26心心こころなきなきなき許己呂奈伎3784
- 27鳥鳥とりにににぞぞぞありありありけるけるける登里爾曾安利家流
- 28ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須
- 29物物もの思思もふふう時時ときににに毛能毛布等伎爾
- 30鳴鳴なくくくべきべきべきものものものかかか奈久倍吉毛能可
- 31ほととぎすほととぎすほととぎす保登等藝須3785
- 32間間あいだしまししまししまし置置おけけけ安比太之麻思於家
- 33汝汝なががが鳴鳴なけけけばばば奈我奈家婆
- 34吾吾あががが思思もふふうこころこころこころ安我毛布許己呂
- 35甚甚いたももも術術すべなしなしなし伊多母須敝奈之
現代語訳
〔3779〕わが家の花橘は、むなしく散り過ぎていくだろうか。見る人もいないままに。
〔3780〕恋い死にするなら恋い死にしてしまえというのか、ほととぎすよ。物思いをしている時に、来て鳴き響かせるとは。
〔3781〕旅にあって物思いをしている時に、ほととぎすよ、むやみに鳴かないでおくれ。私の恋しさがまさるから。
〔3782〕雨に降りこめられて物思いをしている時に、ほととぎすが、私の住む里に来て鳴き響かせる。
〔3783〕旅にあっていとしい人を恋い慕っていると、ほととぎすが、私の住む里を、ここを通って鳴き渡って行く。
〔3784〕思いやりのない鳥であったよ、ほととぎすは。物思いをしている時に、鳴いてよいものか。
〔3785〕ほととぎすよ、しばらく間をおいておくれ。お前が鳴くと、私の思う心は、ひどくどうしようもなくなる。
意訳
中臣宅守が配所で花と鳥に寄せて詠んだ歌七首で、宅守と娘子の贈答歌群、そして巻第十五を結ぶ。都の家で見る人もなく散る花橘を思い、物思いの時に鳴いて恋しさをつのらせるほととぎすに、鳴くな、心ない鳥だ、しばらく間をおけと呼びかける。
語釈・文法注
文法・本文
- いたづらに
- むなしく。
- 響むる
- 「とよむる」。鳴き響かせる。
- もとな
- むやみに。
- 雨隱り
- 「あまごもり」。雨に降りこめられて。
- 此よ
- 「こよ」。ここを通って。
- 間しまし置け
- 「あひだしましおけ」。しばらく間をおけ。
和歌
- 作者
- 中臣宅守(生没年未詳(八世紀中頃))
中臣東人の子。狭野弟上娘子を妻としたころ越前国に流された(罪の理由ははっきりしない)。その間に娘子と交わした贈答歌が巻十五に載る。のち許されて都に戻った。 - 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3779〜3785番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 中臣宅守が越前の配所で、花鳥に寄せて思いを述べた歌。
修辞
- 呼びかけ
- ほととぎすにくり返し呼びかける。
- 反復
- 「物思ふ時に」をくり返す。
解説
宅守は後に赦されて帰京し、天平宝字年間には従五位下に至ったが、娘子とのその後は伝わらない。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、573頁(コマ79)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、675頁(コマ101)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日