万葉集 巻第十五 3763〜3766番
旅といへば 言にぞ易き
中臣宅守の歌十三首の終わり四首。旅と言えば口にはたやすいが、どうしようもなく苦しい旅がほかにあろうかという歌、山川を隔てて遠くても心は近く思ってくれという歌、鏡にかけて偲べと贈る形見の物を人に見せるなという歌、いとしいと思うなら下紐に結んで持って絶えず偲んでくれという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞中臣朝臣宅守、狹野弟上娘子と贈り答ふる歌
- 1旅旅たびととといへいへいえばばば多婢等伊倍婆3763
- 2言言ことにににぞぞぞ易易やすききき許登爾曾夜須伎
- 3術術すべもももなくなくなく須敝毛奈久
- 4苦苦くるしきしきしき旅旅たびももも久流思伎多婢毛
- 5ことことことににに益益まさささめめめやもやもやも許等爾麻左米也母
- 6山山やま川川かわををを山川乎3764
- 7中中なかににに隔隔へなりりりててて奈可爾敝奈里弖
- 8遠遠とおくくくともともとも等保久登母
- 9心心こころををを近近ちかくくく許己呂乎知可久
- 10おもほせおもほせおもほせ吾吾わぎ妹妹も於毛保世和伎母
- 11まそまそまそ鏡鏡かがみ麻蘇可我美3765
- 12かけかけかけててて偲偲しぬべべべととと可氣弖之奴敝等
- 13まつりまつりまつり出出だすすす麻都里太須
- 14形見形見かたみののの物物ものををを可多美乃母能乎
- 15人人ひとににに示示しめすすすななな比等爾之賣須奈
- 16愛愛うるわしししととと宇流波之等3766
- 17おもひおもひおもいしししおもはおもはおもわばばば於毛比之於毛波婆
- 18下下した紐紐ひもににに之多婢毛爾
- 19結結ゆひひい着着つけけけ持持もちちちててて由比都氣毛知弖
- 20止止やまままずずず偲偲しぬばばばせせせ夜麻受之努波世
現代語訳
〔3763〕旅と言えば口にするのはたやすいが、どうしようもなく苦しい旅が、ほかにもまさるものがあろうか。
〔3764〕山や川を間に隔てて遠くとも、心は近くにあるとお思いください、いとしい人よ。
〔3765〕(まそ鏡)心にかけて偲べと差し上げる形見の物を、人に見せないでください。
〔3766〕いとしいと思ってくださるならば、下紐に結びつけて持って、絶えず偲んでください。
意訳
中臣宅守の歌十三首の結びである。旅と言えば軽く聞こえるが、これほど苦しい旅はないと訴え、遠く隔たっても心は近くにあると思ってほしいと願う。形見の品を贈り、人には見せずに下紐に結んで絶えず偲んでほしいと娘子に頼む。
語釈・文法注
文法・本文
- 言にぞ易き
- 口に出すのはたやすい。
- ことに益さめやも
- ほかにまさるものがあろうか。
- おもほせ
- お思いください。
- まそ鏡
- 「かけ」にかかる枕詞。
- まつり出す
- 差し上げる。
- 結ひ着け
- 「ゆひつけ」。結びつけて。
和歌
- 作者
- 中臣宅守(生没年未詳(八世紀中頃))
中臣東人の子。狭野弟上娘子を妻としたころ越前国に流された(罪の理由ははっきりしない)。その間に娘子と交わした贈答歌が巻十五に載る。のち許されて都に戻った。 - 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3763〜3766番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 中臣宅守が越前の配所で詠み、形見の品とともに娘子に贈った歌。
修辞
- 照応
- 3766番は娘子の3751番「白妙の吾が下衣失はず持てれ」に応じる。
解説
3765番の形見の物は、鏡を指すと考えられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、572頁(コマ79)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、674頁(コマ101)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日