万葉集 巻第十五 3754〜3758番
過所無しに 關飛び越ゆる
中臣宅守の歌十三首の前半五首。通行証もなしに関を飛び越えるほととぎすは、多くの人の子のもとにも絶えず通うだろうという歌、山や川を隔てて安らかでないという歌、向かい合って毎日見ていても飽きなかった妻を月が変わるまで見ないという歌、身は関山を越えてここにいても心は妻に寄り添っているという歌、大宮人は今も人をからかってばかり好んでいるだろうという歌。
場面イラスト(準備中)
題詞中臣朝臣宅守、狹野弟上娘子と贈り答ふる歌
- 1過所過所かそ無無なしししににに過所奈之爾3754
- 2關關せき飛飛とびびび越越こゆるゆるゆる世伎等婢古由流
- 3ほととぎすほととぎすほととぎす保等登藝須
- 4まねくまねくまねく我我わががが子子こにににももも多我子爾毛
- 5止止やまままずずず通通かよははわむむん夜麻受可欲波牟
- 6うるはしうるはしうるわしととと宇流波之等3755
- 7吾吾あががが思思もふふう妹妹いもををを安我毛布伊毛乎
- 8山山やま川川かわををを山川乎
- 9中中なかににに隔隔へなりりりててて奈可爾敝奈里弖
- 10安安やすけくけくけくもももなしなしなし夜須家久毛奈之
- 11向向むかひひいゐゐいててて牟可比爲弖3756
- 12一一ひと日日ひももも闕闕おちちちずずず一日毛於知受
- 13見見みしししかかかどもどもども見之可杼母
- 14厭厭いとははわぬぬぬ妹妹いもををを伊等波奴伊毛乎
- 15月月つきわたるわたるわたるまでまでまで都奇和多流麻弖
- 16吾吾あががが身身みこそこそこそ安我未許曾3757
- 17關關せき山山やま越越こえええててて世伎夜麻故要弖
- 18此處此處ここにににあらあらあらめめめ許己爾安良米
- 19心心こころははは妹妹いもににに許己呂波伊毛爾
- 20依依よりりりにににしししものものものををを與里爾之母能乎
- 21刺刺さす竹竹たけののの佐須太氣能3758
- 22大大おお宮宮みや人人びとははは大宮人者
- 23今今いまもももかもかもかも伊麻毛可母
- 24人人ひとなぶりなぶりなぶりのみのみのみ比等奈夫理能未
- 25好好このみみみたるたるたるらむらむらん許能美多流良武
現代語訳
〔3754〕通行証もなしに関を飛び越えて行くほととぎすは、多くの人の子のもとにも、絶えず通って行くだろう。
〔3755〕いとしいと私が思う妻を、山や川を間に隔てて、少しも安らかではない。
〔3756〕向かい合って一日も欠かさず見ていたけれど、見飽きることのなかった妻を、月が改まるまで見ないでいることだ。
〔3757〕私の身こそは関の山を越えてここにいるだろうが、心はいとしい妻に寄り添ってしまっているのに。
〔3758〕(刺竹の)大宮人は、今もなお、人をからかうことばかり好んでいるのだろうか。
意訳
越前の配所での中臣宅守の歌である。関を自由に越えるほととぎすをうらやみ、山川を隔てた妻を思って心が安まらない。かつて毎日見ても飽きなかった妻に逢えず月日が過ぎ、身は配所にあっても心は妻のもとにあると詠む。3758番では、自分たちの恋をからかった都の大宮人への恨みをのぞかせる。
語釈・文法注
文法・本文
- 過所
- 「くわそ」。関所の通行証。
- まねく
- 多く。白文は「多」と書く。
- 隔りて
- 「へなりて」。隔てて。
- 向ひゐて
- 向かい合っていて。
- 月わたる
- 月が改まる。
- 刺竹の
- 「大宮人」にかかる枕詞。
- 人なぶり
- 人をからかうこと。
和歌
- 作者
- 中臣宅守(生没年未詳(八世紀中頃))
中臣東人の子。狭野弟上娘子を妻としたころ越前国に流された(罪の理由ははっきりしない)。その間に娘子と交わした贈答歌が巻十五に載る。のち許されて都に戻った。 - 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3754〜3758番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 中臣宅守が越前の配所で詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 3757番は身と心を対比する。
解説
3754番の過所は、律令制の関所で通行に必要な証明書で、流人の宅守には得られないものであった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、571頁(コマ78)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、673頁(コマ100)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日