古典ライブラリー

万葉集 巻第十五 3750〜3753番

天地の 至極のうらに

狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)

狭野弟上娘子の歌九首の後半四首。天地の果てまでも私ほどあなたを恋う人はいないという歌、私の下衣をなくさずに持っていて、じかに逢うまでという歌、春の日のもの悲しい時に残されてあなたを恋いながら正気でいられようかという歌、逢う日の形見にと思い乱れて縫った衣ですという歌。

女が思いを込めて、夫に贈る衣を縫っている

題詞中臣朝臣宅守、狹野弟上娘子と贈り答ふる歌

  1. 1天あめ天あめあめ地つち地つちつちののの安米都知乃3750
  2. 2至極そこひ至極そこひそこいのののうらうらうらににに曾許比能宇良爾
  3. 3吾あ吾ああががが如ごと如ごとごとくくく安我其等久
  4. 4君きみ君きみきみににに戀こ戀ここふふうらむらむらん伎美爾故布良牟
  5. 5人ひと人ひとひとははは實さね實さねさねあらあらあらじじじ比等波左禰安良自
  6. 6白しろ白しろしろ妙たへ妙たへたえののの之呂多倍能3751
  7. 7吾あ吾ああががが下した下したした衣ごろも衣ごろもごろも安我之多其呂母
  8. 8失うしな失うしなうしなははわずずず宇思奈波受
  9. 9持も持ももてててれれれ我わ我わわががが背せ背せせ子こ子ここ毛弖禮和我世故
  10. 10直ただ直ただただににに逢あ逢ああふふうまでまでまでににに多太爾安布麻低爾
  11. 11春はる春はるはるののの日ひ日ひひののの波流乃日能3752
  12. 12うらうらうらがなしきがなしきがなしきににに宇良我奈之伎爾
  13. 13おくれおくれおくれ居ゐ居ゐいててて於久禮爲弖
  14. 14君きみ君きみきみににに戀こ戀ここひひいつつつつつつ君爾古非都都
  15. 15顯うつ顯うつうつしけしけしけめめめやもやもやも宇都之家米也母
  16. 16逢あ逢ああははわむむん日ひ日ひひののの安波牟日能3753
  17. 17形見かたみ形見かたみかたみにににせせせよよよととと可多美爾世與等
  18. 18手弱女たわやめ手弱女たわやめたわやめののの多和也女能
  19. 19思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだれれれててて於毛比美多禮弖
  20. 20縫ぬ縫ぬぬへへえるるる衣ころも衣ころもころもぞぞぞ奴敝流許呂母曾

引用の仕方

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現代語訳

〔3750〕天地の果ての奥までも、私のようにあなたを恋い慕っている人は、まったくいないでしょう。

〔3751〕白妙の私の下衣を、なくさずに持っていてください、あなた。じかに逢うまでは。

〔3752〕春の日のもの悲しい時に、あとに残されて、あなたを恋い慕いながら、正気でいられましょうか。

〔3753〕逢う日までの形見にしてくださいと、か弱い女の私が、思い乱れて縫った衣ですよ。

意訳

狭野弟上娘子の歌九首の後半である。天地の果てまでも自分ほど恋う者はいないと言い、自分の下衣をなくさず持っていてほしい、思い乱れて縫った衣を逢う日までの形見にしてほしいと願う。春の日のもの悲しさの中で残された身は正気でいられないと嘆く。

語釈・文法注

文法・本文

至極のうら
「そこひのうら」。果ての奥。
實
「さね」。まったく。
持てれ
持っていてください。
おくれ居て
あとに残されて。
顯しけめやも
「うつしけめやも」。正気でいられようか。
手弱女
「たわやめ」。か弱い女。

和歌

作者
狭野弟上娘子(生没年未詳(八世紀中頃))
後宮の蔵部に仕えた女嬬。「狭野茅上娘子」とも書く。中臣宅守と結ばれたが、宅守が越前に流され、離れて交わした二人の贈答歌六十三首が巻十五に載る。
出典
『万葉集』巻第十五・部立なし・3750〜3753番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
狭野弟上娘子が、配所の中臣宅守に贈った歌。

修辞

誇張
3750番は天地の果てを持ち出して恋の深さを強調する。

解説

3751・3753番は、衣を交換して互いの魂をつなぐという習俗による。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、571頁(コマ78)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、672頁(コマ100)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日