万葉集 巻第十五 3738〜3744番
思ひつつ 寢ればかもとな
中臣宅守の歌十四首の後半七首。思いながら寝るからか一夜も欠かさず夢に見えるという歌、これほど恋しいと知っていたら逢わなければよかったという歌、天地に神がいないのならともかく、いるのだから妻に逢わずに死にはしないという歌、命さえ無事ならいつか逢えないことがあろうかという歌、逢う日も知らずいつまで恋い続けるのかという歌、旅と言えば口にはたやすいがどうしようもなく恋しいという歌、妻を恋うるあまり短い命も惜しくないという歌。
題詞中臣朝臣宅守、狹野弟上娘子と贈り答ふる歌
- 1思思おもひひいつつつつつつ於毛比都追3738
- 2寢寢ぬれれればばばかかかもとなもとなもとな奴禮婆可毛等奈
- 3ぬばたまぬばたまぬばたまののの奴婆多麻能
- 4一一ひと夜夜よももも闕闕おちちちずずず比等欲毛意知受
- 5夢夢いめにににししし見見みゆるゆるゆる伊米爾之見由流
- 6かくかくかくばかりばかりばかり可久婆可里3739
- 7戀戀こひひいむむんととと豫豫かねててて古非牟等可禰弖
- 8知知しらららませませませばばば之良末世婆
- 9妹妹いもをををばばば見見みずずずぞぞぞ伊毛乎婆美受曾
- 10あるあるあるべくべくべくありありありけるけるける安流倍久安里家留
- 11天天あめ地地つちののの安米都知能3740
- 12神神かみなきなきなきものものものににに可未奈伎毛能爾
- 13あらあらあらばばばこそこそこそ安良婆許曾
- 14吾吾あががが思思もふふう妹妹いもににに安我毛布伊毛爾
- 15逢逢あははわずずず死死しにににせせせめめめ安波受思仁世米
- 16命命いのちをををししし伊能知乎之3741
- 17全全またくくくしししあらあらあらばばば麻多久之安良婆
- 18ありありあり衣衣きぬののの安里伎奴能
- 19在在ありりりててて後後のちにににももも安里弖能知爾毛
- 20逢逢あははわざらざらざらめめめやもやもやも安波射良米也母
- 21逢逢あははわむむん日日ひををを安波牟日乎3742
- 22そそそののの日日ひととと知知しらららずずず其日等之良受
- 23常常とこ闇闇やみににに等許也未爾
- 24いづれいづれいずれののの日日ひまでまでまで伊豆禮能日麻弖
- 25吾吾あれ戀戀こひひい居居おらららむむん安禮古非乎良牟
- 26旅旅たびととといへいへいえばばば多婢等伊倍婆3743
- 27言言ことにににぞぞぞ易易やすききき許等爾曾夜須伎
- 28少少すくなくくくももも須久奈久毛
- 29妹妹いもににに戀戀こひひいつつつつつつ伊母爾戀都都
- 30術術すべ無無なけけけなくなくなくににに須敝奈家奈久爾
- 31わぎもこわぎもこわぎもこににに和伎毛故爾3744
- 32戀戀こふるふるうるににに吾吾あれははは古布流爾安禮波
- 33たまきはるたまきはるたまきわる多麻吉波流
- 34短短みじかききき命命いのちももも美白可伎伊能知毛
- 35惜惜おしけしけしけくくくもももなしなしなし乎之家久母奈思
現代語訳
〔3738〕思いながら寝るからだろうか、むやみに、(ぬばたまの)一夜も欠かさず、夢に見えることだ。
〔3739〕これほど恋しく思うだろうと前もって知っていたなら、いとしい人に逢わずにいるべきであったよ。
〔3740〕天地の神がいないというのならともかく、神はいるのだから、私の思ういとしい人に逢わずに死ぬことがあろうか。
〔3741〕命さえ無事であったなら、(あり衣の)生きながらえて後にでも、逢えないことがあろうか。
〔3742〕逢う日を、その日と知ることもできずに、常闇の中で、いつの日まで私は恋い続けているのだろう。
〔3743〕旅と言えば口に出すのはたやすいが、いとしい人に恋い焦がれて、どうしようもないことは、少しではないのに。
〔3744〕いとしい人に恋い焦がれて、私は、(たまきはる)短い命も惜しいとは思わない。
意訳
中臣宅守の配所での歌の後半である。毎夜夢に見える娘子、これほど恋しいなら逢わなければよかったという嘆き、神がいる以上逢わずには死なないという確信、命さえあればいつか逢えるという希望、逢う日もわからない常闇のような日々、旅と言えば軽く聞こえるが恋しさはどうしようもないという訴え、恋のためなら命も惜しくないという思いを詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- もとな
- むやみに。
- 豫て
- 「かねて」。前もって。
- 全くし
- 「またくし」。無事で。
- あり衣の
- 「在りて」にかかる枕詞。
- 常闇
- 「とこやみ」。永遠の闇。
- たまきはる
- 「命」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 中臣宅守(生没年未詳(八世紀中頃))
中臣東人の子。狭野弟上娘子を妻としたころ越前国に流された(罪の理由ははっきりしない)。その間に娘子と交わした贈答歌が巻十五に載る。のち許されて都に戻った。 - 出典
- 『万葉集』巻第十五・部立なし・3738〜3744番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 中臣宅守が越前の配所で詠んだ歌。
修辞
- 反語
- 3740・3741番は反語で再会への願いを強める。
解説
3742番の「常闇に」は、逢う日のわからない絶望を闇にたとえている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、570頁(コマ78)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、670頁(コマ99)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日