古典ライブラリー

万葉集 巻第十五 3723〜3726番

あしひきの 山路越えむと

狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)

中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌のはじめ、別れに臨んだ娘子の歌四首。山道を越えて行こうとするあなたを思うと心が安らかでないという歌、あなたが行く長い道をたぐり寄せて焼き滅ぼす天の火がほしいという歌、あなたが去るなら袖を振ってください、見て偲ぼうという歌、今はまだ恋しく思っていられるが、明日からはどうしようもないだろうという歌。

遠く越前へ続く山道を、娘子が見つめている

題詞中臣朝臣宅守、狹野弟上娘子と贈り答ふる歌

  1. 1あしひきあしひきあしひきののの安之比奇能3723
  2. 2山やま山やまやま路ぢ路ぢじ越こ越ここえええむむんととと夜麻治古延牟等
  3. 3するするする君きみ君きみきみををを須流君乎
  4. 4心こころ心こころこころににに持も持ももちちちててて許許呂爾毛知弖
  5. 5安やす安やすやすけくけくけくもももなしなしなし夜須家久母奈之
  6. 6君きみ君きみきみががが行ゆ行ゆゆくくく君我由久3724
  7. 7道みち道みちみちののの長なが長ながなが路て路ててををを道乃奈我弖乎
  8. 8繰く繰くくりりり疊たた疊たたたたねねね久里多多禰
  9. 9燒や燒ややききき亡ほろ亡ほろほろぼさぼさぼさむむん也伎保呂煩散牟
  10. 10天あめ天あめあめののの火ひ火ひひもももがががももも安米能火毛我母
  11. 11わわわががが背せ背せせ子こ子ここししし和我世故之3725
  12. 12蓋けだ蓋けだけだししし罷まか罷まかまからららばばば氣太之麻可良婆
  13. 13白しろ白しろしろ妙たへ妙たへたえののの思漏多倍乃
  14. 14袖そで袖そでそでををを振ふ振ふふらさらさらさねねね蘇低乎布良左禰
  15. 15見み見みみつつつつつつ慕しぬ慕しぬしぬばばばむむん見都追志努波牟
  16. 16こここののの頃ころ頃ころころははは己能許呂波3726
  17. 17戀こ戀ここひひいつつつつつつもももあらあらあらむむん古非都追母安良牟
  18. 18玉たま玉たまたま匣くしげ匣くしげくしげ多麻久之氣
  19. 19明あ明ああけけけてててをちをちおちよりよりより安氣弖乎知欲利
  20. 20術すべ術すべすべなかるなかるなかるべしべしべし須辨奈可流倍思

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔3723〕(あしひきの)山道を越えて行こうとするあなたを、心に思っていると、少しも安らかではない。

〔3724〕あなたが行く道の長い道のりを、たぐり寄せて畳んで、焼き滅ぼしてしまう天の火がほしい。

〔3725〕わが夫がもし去って行くのなら、白妙の袖を振ってください。それを見ながらお偲びしましょう。

〔3726〕この頃はまだ恋い慕いながらも過ごしていられるでしょう。(玉匣)夜が明けた明日からは、どうしようもなくなるでしょう。

意訳

中臣宅守が罪を得て越前へ流される時、別れに臨んで狭野弟上娘子が詠んだ歌である。山道を越えて行く夫を思って心が安らかでないと嘆き、夫の行く長い道をたぐり寄せて焼き尽くす天の火がほしいと激しい思いを詠む。去るなら袖を振ってほしい、明日からはどうしようもないと別れの悲しみを詠む。

語釈・文法注

文法・本文

長路
「ながて」。長い道のり。
繰り疊ね
たぐり寄せて畳んで。
天の火
「あめのひ」。天から降る火。
蓋し罷らば
「けだしまからば」。もし去って行くなら。
をち
明日、将来。
術なかるべし
どうしようもないだろう。

和歌

作者
狭野弟上娘子(生没年未詳(八世紀中頃))
後宮の蔵部に仕えた女嬬。「狭野茅上娘子」とも書く。中臣宅守と結ばれたが、宅守が越前に流され、離れて交わした二人の贈答歌六十三首が巻十五に載る。
出典
『万葉集』巻第十五・部立なし・3723〜3726番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
狭野弟上娘子が、越前へ流される中臣宅守との別れに臨んで詠んだ歌。

修辞

誇張
3724番は道をたぐり寄せて焼き滅ぼす天の火を願う。

解説

3724番は、万葉集の女性の恋歌の中でも情熱的な歌として名高い。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、569頁(コマ77)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、669頁(コマ98)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日