万葉集 巻第九 1809〜1811番
葦屋の 菟原處女の
葦屋の菟原処女は幼いころから家にこもって人に姿を見せなかったが、血沼壮士と菟原壮士が競って求婚し、太刀を握り弓を負って水火も辞さず争った。処女は「つまらない私のために男たちが争うのを見ては生きていられない、黄泉で待とう」と母に告げて死に、二人の男も後を追った。親族は処女の墓を中に、男の墓を両側に造った。墓の上の木の枝は血沼壮士の方へなびいている。
題詞菟原處女の墓を見る歌一首并に短歌
- 1葦屋葦屋あしのやののの菟原菟原うない處女處女おとめののの葦屋之 菟名負處女之1809 長歌
- 2八八や年年とせ兒兒ごののの片片かた生生おいののの時時ときゆゆゆ八年兒之 片生乃時從
- 3振分髮振分髮おばなりににに髮髮かみたくたくたくまでまでまでににに小放爾 髮多久麻庭爾
- 4竝竝ならびびび居居おるるる家家いえにににももも見見みえええずずず並居 家爾毛不所見
- 5虛虛うつ木綿木綿ゆうののの隱隱こもりりりててて坐坐ませせせばばば虛木綿乃 窂而座在者
- 6見見みてててしかしかしかととと悒憤悒憤いぶせむむむ時時ときののの見而師香跡 悒憤時之
- 7垣垣かきほほほなすなすなす人人ひとののの誂誂とふふう時時とき垣廬成 人之誂時
- 8血沼血沼ちぬ壯士壯士おとこ菟原菟原うない壯士壯士おとこののの智奴壯士 宇奈比壯士乃
- 9廬屋廬屋ふせや燒燒たききき進進すすししし競競きおひひい廬八燎 須酒師競
- 10相相あい結婚結婚よばひひいしししけるけるける時時ときははは相結婚 爲家類時者
- 11燒燒やき大刀大刀だちののの柄柄たかみ押押おし撚撚ねり燒大刀乃 手預押禰利
- 12白白しら檀檀ま弓弓ゆみ靱靱ゆき取取とりりり負負おひひいててて白檀弓 靱取負而
- 13水水みずににに入入いりりり火火ひにににももも入入いらららむむんととと入水 火爾毛將入跡
- 14立立たちちち向向むかひひい競競きおひひいししし時時ときににに立向 競時爾
- 15吾吾わぎ妹妹も子子こががが母母ははににに語語かたらくらくらく吾妹子之 母爾語久
- 16倭文手纏倭文手纏しずたまき賤賤いやしきしきしき吾吾わががが故故ゆえ倭文手纏 賤吾之故
- 17丈夫丈夫ますらおののの爭爭あらそふふう見見みれれればばば大夫之 荒爭見者
- 18生生いけけけりりりともともとも逢逢あふふうべくべくべくあれあれあれややや雖生 應合有哉
- 19しじくしろしじくしろしじくしろ黃泉黃泉よみににに待待またたたむむんととと完串呂 黃泉爾將待跡
- 20隱隱こもり沼沼ぬののの下下した延延ばへへえ置置おきききててて隱沼乃 下延置而
- 21うちうちうち嘆嘆なげききき妹妹いもががが去去いぬれぬれぬればばば打嘆 妹之去者
- 22血沼血沼ちぬ壯士壯士おとこそのそのその夜夜よ夢夢いめににに見見み血沼壯士 其夜夢見
- 23取取とりりり續續つづききき追追おひひい行行ゆきききけれけれければばば取次寸 追去祁禮婆
- 24後後おくれれれたるたるたる菟原菟原うない壯士壯士おとこいいい後有 菟原壯士伊
- 25天天あめ仰仰あおぎぎぎ叫叫さけびびび哭哭おらびびび仰天 叫於良妣
- 26地地つちににに伏伏ふししし牙牙き喫喫かみみみ誥誥たけびびびててて跟地 牙喫建怒而
- 27如己男如己男もころおににに負負まけけけてててはははあらあらあらじじじととと如己男爾 負而者不有跡
- 28懸懸かき佩佩はきののの小小お劒劒だち取取とりりり佩佩はききき懸佩之 小劒取佩
- 29冬薯蕷葛冬薯蕷葛ところづら尋尋とめめめ行行ゆきききけれけれければばば冬薮蕷都良 尋去祁禮婆
- 30親族親族やから共共どちいいい行行ゆききき集集つどひひい親族共 射歸集
- 31永永ながききき代代よににに標標しるしにににせせせむむんととと永代爾 標將爲跡
- 32遠遠とおききき代代よににに語語かたりりり繼繼つがががむむんととと遐代爾 語將繼常
- 33處女處女おとめ墓墓づか中中なかににに造造つくりりり置置おききき處女墓 中爾造置
- 34壯士壯士おとこ墓墓づか此方此方こなた彼方彼方かなたににに壯士墓 此方彼方二
- 35造造つくりりり置置おけけけるるる故緣故緣ゆえよし聞聞ききききててて造置有 故緣聞而
- 36知知しらららねねねどもどもども新新にい喪喪もののの如如ごとももも哭哭ね泣泣なきききつるつるつるかもかもかも雖不知 新喪之如毛 哭泣鶴鴨
- 37葦屋葦屋あしのやののの葦屋之1810 反歌
- 38菟原菟原うない處女處女おとめののの宇奈比處女之
- 39奧津城奧津城おくつきををを奧槨乎
- 40往往ゆききき來來くととと見見みれれればばば徃來跡見者
- 41哭哭ねのみのみのみししし泣泣なかかかゆゆゆ哭耳之所泣
- 42墓墓はかののの上上うえののの墓上之1811 反歌
- 43木木こののの枝枝え靡靡なびけけけりりり木枝靡有
- 44聞聞ききききししし如如ごと如聞
- 45血沼血沼ちぬ壯士壯士おとこにににししし陳努壯士爾之
- 46依依よりりりにににけらしけらしけらしももも依家良信母
現代語訳
〔1809〕葦屋の菟原処女が、八つほどの幼い年ごろから、うない髪を結い上げるほどの年になるまで、隣り合う家の人にも姿を見せず、(虚木綿の)家にこもっていたので、一目見たいものだと気をもんでいる時に、垣根のように取り巻いて人々が言い寄った時、血沼壮士と菟原壮士とが、伏屋を焼くほどに競い合って求婚したその時は、焼き鍛えた太刀の柄を握りしめ、白木の檀の弓と靫を背負って、水にでも火にでも入ろうと、向かい合って競ったその時に、処女が母に語ったことには、「(倭文手纏)取るに足らない私のために、立派な男たちが争うのを見ると、生きていてもどちらとも結ばれようがありません。(しじくしろ)黄泉の国で待ちましょう」と、(隠沼の)心の奥に思いを秘めて、嘆きながら処女が死んでしまったので、血沼壮士はその夜夢に見て、すぐさま後を追って行ってしまったので、後れをとった菟原壮士は、天を仰いで叫び泣き、地に伏して歯がみをし、いきり立って、「あいつに負けてなるものか」と、腰に下げる小太刀を佩いて、(冬薯蕷葛)後を追って行ったので、親族たちが集まって、永遠の目じるしにしようと、遠い後の世まで語り継ごうと、処女の墓を中に造り、男たちの墓をこちらとあちらに造っておいた、そのいわれを聞いて、くわしくは知らないけれども、今亡くなった人のように声をあげて泣いてしまったことだ。
〔1810〕葦屋の菟原処女の墓を、行き来のたびに見ると、声をあげて泣かずにはいられない。
〔1811〕墓の上の木の枝がなびいている。聞いていたとおり、処女は血沼壮士の方に心を寄せていたらしい。
意訳
高橋虫麻呂が菟原処女の伝説を詳しく語った長歌である。家にこもって人に姿を見せなかった処女に、血沼壮士と菟原壮士が火も水も辞さずに争って求婚した。処女は自分のために男たちが争うのを見ては生きていられないと、黄泉で待つと母に言い残して死ぬ。血沼壮士は夢に見て後を追い、遅れた菟原壮士も負けじと太刀を佩いて追った。親族は処女の墓を中に、二人の男の墓を両側に築いた。そのいわれを聞いて、新しい死者のように泣いてしまう。反歌では、墓の木の枝が血沼壮士の方へなびいているのを見て、処女の心はやはり血沼壮士にあったらしいと結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 八年兒
- 「やとせご」。八歳ほどの子。
- 振分髮
- 「をばなり」。肩のあたりで切りそろえた子どもの髪。
- 悒憤む
- 「いぶせむ」。気がふさぐ、じれったく思う。
- 相結婚ひ
- 「あひよばひ」。互いに求婚して。
- 如己男
- 「もころを」。自分と同じくらいの男、競争相手。
- 新喪
- 「にひも」。亡くなったばかりの人の喪。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・挽歌・1809〜1811番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 菟原処女の墓を見て作った歌。高橋虫麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 「虛木綿の」が「隱り」に、「倭文手纏」が「賤し」に、「しじくしろ」が「黃泉」に、「隱沼の」が「下延へ」にかかる。
- 語り
- 処女の言葉を直接話法で入れ、物語のように展開する。
解説
兵庫県神戸市東灘区には処女塚古墳、その東西に求女塚古墳があり、この伝説の墓と伝えられている。田辺福麻呂歌集の1801番や、大伴家持の4211番にも同じ伝説が歌われ、のちに『大和物語』の生田川の話となった。巻第九はこの歌で終わる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、369頁(コマ188)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、419頁(コマ215)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日