万葉集 巻第十 1812〜1818番
ひさかたの 天の香具山
天の香具山に今夕霞がたなびく、春になったらしい。巻向の檜原、古人の植えた杉の枝、巻向山の木の葉、弓月が嶽、朝妻山、朝妻の片山岸に霞がたなびく。巻第十の巻頭、柿本人麻呂歌集の春の霞の歌七首。
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題詞春雜歌
- 1ひさかたひさかたひさかたののの久方之1812
- 2天天あめののの香具山香具山かぐやま天芳山
- 3このこのこのゆふべゆふべゆうべ此夕
- 4霞霞かすみたなびくたなびくたなびく霞霏霺
- 5春春はる立立たつつつらしらしらしももも春立下
- 6卷向卷向まきむくののの卷向之1813
- 7檜檜ひ原原はらににに立立たてててるるる檜原丹立流
- 8春春はる霞霞がすみ春霞
- 9欝欝おおにににししし思思おもははわばばば欝之思者
- 10なづみなづみなずみ來來こめめめやややももも名積米八方
- 11古古いにしえののの古1814
- 12人人ひとののの植植うゑゑえけむけむけん人之殖兼
- 13杉杉すぎががが枝枝えににに杉枝
- 14霞霞かすみ棚棚たな引引びくくく霞霏霺
- 15春春はるははは來來きぬぬぬらしらしらし春來良之
- 16子子こ等等らががが手手てををを子等我手乎1815
- 17卷向卷向まきむく山山やまににに卷向山丹
- 18春春はるされされさればばば春去者
- 19木木こののの葉葉は凌凌しぬぎぎぎててて木葉凌而
- 20霞霞かすみたなびくたなびくたなびく霞霏霺
- 21玉玉たまかぎるかぎるかぎる玉蜻1816
- 22夕夕ゆうさりさりさり來來くれれればばば夕去來者
- 23獵獵さつ人人ひとののの佐豆人之
- 24弓月弓月ゆつきががが嶽嶽たけににに弓月我高荷
- 25霞霞かすみたなびくたなびくたなびく霞霏霺
- 26今朝今朝けさ行行ゆきききててて今朝去而1817
- 27明日明日あすははは明日者來牟等云子鹿丹
- 28朝朝あさ妻妻づま山山やまににに旦妻山丹
- 29霞霞かすみたなびくたなびくたなびく霞霏霺
- 30子子こ等等らががが名名なににに子等名丹1818
- 31懸懸かけけけののの宜宜よろしきしきしき關之宜
- 32朝朝あさ妻妻づまののの朝妻之
- 33片片かた山山やまぎしぎしぎしににに片山木之爾
- 34霞霞かすみたなびくたなびくたなびく霞多奈引
現代語訳
〔1812〕(ひさかたの)天の香具山に、この夕べ霞がたなびいている。春になったらしい。
〔1813〕巻向の檜原に立つ春霞のように、ぼんやりと思っていたなら、難儀してまでやって来ようか。
〔1814〕昔の人が植えたという杉の枝に霞がたなびいている。春は来たらしい。
〔1815〕(子等が手を)巻向山に春が来ると、木の葉を押し分けるように霞がたなびく。
〔1816〕(玉かぎる)夕方になると、(猟人の)弓月が嶽に霞がたなびく。
〔1817〕今朝出かけて、明日は……(難訓)、朝妻山に霞がたなびいている。
〔1818〕いとしい子の名にかけて呼ぶのにふさわしい朝妻の、片山の崖に霞がたなびいている。
意訳
巻第十は季節ごとに歌を分けた巻で、その巻頭に人麻呂歌集の春の霞の歌が置かれる。香具山の夕霞に春の訪れを感じ、巻向の檜原や杉の枝、弓月が嶽、朝妻山と、大和の山々にたなびく霞を詠み継いでいる。1813番は、霞のようにぼんやりした気持ちなら苦労して通っては来ないと、恋の思いを重ねている。
語釈・文法注
- 來牟等云子鹿丹
- 定まった訓がない難訓の句。「来むといふ子鹿に」などの試訓がある。
文法・本文
- 欝に
- 「おほに」。ぼんやりと、いいかげんに。
- なづみ來めやも
- 難儀してやって来るだろうか、いや来ない。
- 凌ぎて
- 「しぬぎて」。押し分けて、押さえつけて。
- 片山ぎし
- 山の片側の崖。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1812〜1818番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 春の雑歌の巻頭。柿本人麻呂歌集に出る霞の歌七首。
修辞
- 枕詞
- 「ひさかたの」が「天」に、「子等が手を」が「巻向」に、「玉かぎる」が「夕」に、「獵人の」が「弓月」にかかる。
- 序詞
- 1813番の「卷向の檜原に立てる春霞」が「欝に」を導く。
解説
巻第十は春・夏・秋・冬の雑歌と相聞に分けて作者未詳の歌を集めた巻で、巻第八と同じ構成をとる。各季節の初めに柿本人麻呂歌集の歌を置く。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、377頁(コマ192)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、427頁(コマ219)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日