万葉集 巻第八 1619〜1620番
玉桙の 道は遠けど
道は遠いけれど、いとしいあなたに逢うために、出かけて私はやって来た。月が改まるまでおいでにならないので、夢に見ながら思い続けていた。大伴家持が叔母の坂上郎女の竹田の田庄を訪ねた歌と、郎女が答えた歌。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴家持、姑坂上郎女の竹田庄に至りて作れる歌一首/大伴坂上郎女の和ふる歌一首
現代語訳
〔1619〕(玉桙の)道は遠いけれど、いとしいあなたに逢おうと、出かけて私はやって来たのです。
〔1620〕(あらたまの)月が改まるまでおいでにならないので、夢に見ながら、私は思い続けていたのです。
意訳
天平11年(739)8月、家持が叔母の坂上郎女が滞在する竹田の田庄を訪ねたときの贈答である。家持が恋の歌の形で、遠い道をいとしいあなたに逢いに来たと挨拶すると、郎女も、月が改まるまで来てくれないので夢に見ていたと、同じく恋の歌の形で答えている。
語釈・文法注
文法・本文
- はしきやし
- いとしい。
- 月立つ
- 月が改まる。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第八・相聞・1619〜1620番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 天平11年(739)8月、大伴家持が叔母の坂上郎女の竹田の田庄を訪ねたときの歌と、郎女が答えた歌。
修辞
- 枕詞
- 「玉桙の」が「道」に、「あらたまの」が「月」にかかる。
解説
親族間の挨拶を恋の歌の形で交わすのは、当時の風雅な習わしであった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、330頁(コマ169)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、373頁(コマ192)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日