古典ライブラリー

万葉集 巻第八 1570〜1571番

此間に在りて 春日や何處

藤原八束(ふじわらのやつか)

ここにいて、春日はどちらの方角だろう。雨に閉じこめられて出かけられないので、恋しく思い続けている。春日野に時雨が降るのが見える。明日からは黄葉を挿頭にしよう、高円の山の。藤原八束の歌二首。

時雨にけむる春日野の向こうに高円山が見え、男が屋敷から遠くを眺めている

題詞藤原朝臣八束の歌二首

  1. 1此間ここ此間ここここにににありありありててて此間在而1570
  2. 2春日かすが春日かすがかすがややや何處いづく何處いづくいずく春日也何處
  3. 3雨あま雨あまあま障づつみ障づつみづつみ雨障
  4. 4出い出いいでででててて行ゆ行ゆゆかかかねねねばばば出而不行者
  5. 5戀こ戀ここひひいつつつつつつぞぞぞ居を居をおるるる戀乍曾乎流
  6. 6春日かすが春日かすがかすが野ぬ野ぬぬににに朝日野爾1571
  7. 7時しぐ時しぐしぐ雨れ雨れれふるふるふる見み見みみゆゆゆ鍾禮零所見
  8. 8明日あす明日あすあすよりよりよりははは明日從者
  9. 9黃もみ黃もみもみ葉ぢ葉ぢじ挿頭かざ挿頭かざかざさささむむん黃葉頭刺牟
  10. 10高圓たかまと高圓たかまとたかまとののの山やま山やまやま高圓乃山

引用の仕方

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現代語訳

〔1570〕ここにいて、春日はどちらだろう。雨に閉じこめられて出かけられないので、恋しく思い続けている。

〔1571〕春日野に時雨の降るのが見える。明日からは黄葉を挿頭にしよう、高円の山の。

意訳

1570番は、雨のために春日へ出かけられず、その方角を思いやって恋しがる歌、1571番は、春日野に降る時雨を見て、明日からは高円山の黄葉を挿頭にできるだろうと、紅葉を待ち望む歌である。

語釈・文法注

文法・本文

雨障
「あまつつみ」。雨にさえぎられて家にこもること。

和歌

作者
藤原八束(715–766)
藤原房前の子。のちに真楯と名を改めた。大伴家持と親しかった。
出典
『万葉集』巻第八・雑歌・1570〜1571番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
藤原八束の歌二首。

解説

時雨が黄葉を促すという発想は、1551番の市原王の歌にも見られる。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、323頁(コマ165)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、364頁(コマ188)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日